「イーゾー!!イエアー!!」
甲板の盛り上がりもだいぶ落ち着きを取り戻し、空気がしっとりとしだしてきた時、待望のイゾウの姿を見つけた。
酔っ払った勢いと、その場のノリで抱きつこうとイゾウの背中に飛び込んだが、あっさりと避けられた上に背中に座られた。
「う……っ!イゾーったら見かけによらず重たい……」
「当たり前だ。男だぞ」
ふー、と息を吐き出す気配が頭上でして、紫煙が顔にまとわりつく。
肺を圧迫するような重みはイゾウの気が抜けたせいか、増しているような気がする。
「お前海軍に入ったらしいじゃねェか。俺に喧嘩売ってンのか?あァ?」
ずっしりと上からのし掛かってくる重みは、酒でぱんぱんになった腹にはキツい。
気を抜くと吐きそうだが、気合いを入れていても吐きそうだ。
この葛藤は踏み潰されたことのある人間にしかわからないだろう。
「ぐぬぬ……っ!まだまだぁ!」
上からかかる重みと圧力に名無しが歯を食いしばって耐えていると、不意に重さが無くなった。
代わりに長いため息のようなものが聞こえた。
「イゾウも丸くなって私もとても嬉しいです」
起き上がってホッと安堵した名無しを一瞥したイゾウは、不愉快そうに眉間にシワを寄せながら煙管をくわえた。
辺りが暗いからか、唇に引かれた紅が鮮やかに見える。
「イゾウ」
「言う気になったら来い。それ以外の話は聞かねェ」
不機嫌そうに見えて名前を呼んだ名無しに対して、イゾウはなんの抑揚もない声でそう答えた。その言葉にひんやりと背筋が震える。
あからさまに不機嫌なオーラを撒き散らしながら歩いていくイゾウを他のクルーが目に見えない速度で避けていく。
野生の勘みたいなものがそうさせているのだろうが、海が割れるように道が開けていくその様は不気味でしかない。
「……アイドルが怒った!!」
「そりゃそうでしょ」
誰に言うわけでもなく驚きを声に出すと、いつの間にか隣にいたハルタがやれやれと言わんばかりに肩を竦めてため息を吐いた。
ついさっきまでは誰もいなかったのに本当にいつの間に、という感じだ。
ハルタは多分いたずらのしすぎで気配を消しているのがデフォルトになっているんだと思う。
感情ドロップ
「イゾウが怒った!!」
「さっきも聞いたよそれ」
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