何て言えばいいのかよくわからないが、とにかく目の前にいるジジイは些か元気すぎる気がする。
髪の毛は真っ白だし、顔もしわくちゃなのに覇気が籠った唾が顔面に飛んでくる。ついでに煎餅の欠片も。
「お前がコビーとヘルメットの手伝いをしたっていう新兵は」
ぶわっはっはっ、と豪快な笑い声を響かせたその男は、話の合間に固そうな煎餅をばりばりとかみ砕く。
煎餅を食べるのは全然構わないが、食べた後に勢いよく笑うのは止めていただきたい。顔が煎餅の屑で塗装されていく気がする。
「手伝いってか折角綺麗になった窓を雑巾で拭こうとしてたから、掃除の妖精としては見過ごすわけにはいかなかったの」
「そうかそうか!そりゃあ悪かったのう!」
「妖精として…」
「そうかそうか!」
「うん…」
おおらかに笑うだけのジジイは、名無しの知っている人間とはだいぶ違う反応をする。
名無しが知っている反応ならばここは突き刺さるような冷めた視線だ。
それなのに目の前にいる男の懐の大きさはと言うと、今までに出会ったことがないぐらい大きい。こんな人間が存在していたということが信じがたいぐらいだ。
「信じられない!まさかこの胸のトキメキは…恋っ!?」
「名無しじゃったか?わしの孫と同じぐらいじゃのう。頭が悪そうなところもそっくりじゃな」
懐かしむように頷くジジイは、後半ちょっと気にくわない言葉を並べたが、同じタイミングで煎餅をくれたので許すことにした。
ガリガリと煎餅の端の方に歯を立ててみたが、歯茎が押し戻されるような痛みがあるだけでなかなか歯は煎餅には入っていかない。
「お前試験料払っとらんのか?」
書類を確認しながら名無しの顔を見るジジイは、なんとも軽やかな音を立てながら煎餅をかじる。
恐るべし老兵の歯茎。
「だって食べるものにも困ってんのに試験料とか払えんわ!」
勢いよく煎餅を噛み締めたら歯全体にジンジンとした痛みが走った後に煎餅にひびが入った。
空腹状態だったなら多分このぐらいは楽勝だった筈だが、生憎柔らかい高級丼を食べたばかりだ。
「わしが払ってやるわい。その代わりわしの配下につけ」
「マジかよ!ジジイかっけー」
奥歯で煎餅を噛み締めていた名無しはたいして話を深刻に受け取ってはおらず、適当に返事をして頷いただけだった。
どのくらい適当に受け取ったかと言うと、まぁ日常的挨拶程度に決まっている。
今日もいい天気ですね
「これを青雉に持っていっとけ。初仕事じゃ」
「そうですね」
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