暗くなってきた街には街灯が灯りだし、ぽつぽつと灯りが浮き上がる。
知り合いを見つけると意気込んでいた名無しだったが、そんな意気込みはどこへやら。猿でもわかるコミュニケーション講座を読み耽っていてすっかり忘れていた。
「やべぇ……」
読破した本を持って佇む名無しは、だいぶ人通りの無くなった路地を見回して軽く舌打ちをした。
「あ、名無しだ!名無し〜!」
どうしようかと考えていたが、面倒臭くなって考えることを諦めた名無しに、後ろからファンシーな声が聞こえた。
その声にビクッと肩を震わせた名無しは、振り返ることなく足早に歩き始めた。
「あれ?名無し?どうしたの?名無しってば〜」
後ろから聞こえる可愛らしい声が徐々に大きくなり、それから逃げるように更に足を早める。
気がつけば全力で逃げていて、リミッターが外れて橋の掛かっていない水路すら飛び越えていた。
「名無しー!なんで逃げるのー」
水路を挟んでからやっと振り返ると、そこには思っていた通りの真っ白な熊がいた。
それを黙視した瞬間、足元から電気が走るように鳥肌が立った。
「熊のクセに喋んなっ!!」
「えー」
「可愛い感じでえーとか言うな!熊のクセに!!」
水路を挟んで叫ぶ名無しに、真っ白な熊は首を可愛らしく傾げた。
普通なら愛玩の対象になるのだろうが、基本名無しは動物が苦手だ。
理由としては昔ヒューマンドリルに散々ボコられたせいというのもあるし、何を考えているのかわからないからだが、なにを考えているかちゃんとわかる喋る動物は更に苦手だ。否、苦手と言うか寧ろ怖い。
「大丈夫、ボクは食べたりしないよ」
「いやです」
ニコニコと愛らしい笑みを浮かべる真っ白な熊、ベポに名無しはぶんぶんと首を振った。
確かに知り合いを探してはいたが、探していたのは人間であり、クマではない。
そもそも最初はくまですみませんとかいちいち落ち込んでいたくせに、最近じゃスルースキルを身に付けてしまってこのザマだ。
「キャプテンも来てるよー」
「人の心の声を聞くんじゃない!クマのくせに!」
「クマにも聞こえるぐらいの声で話してる名無しに問題があると思うよ」
「なんてこった!正論すぎて言い返せない!」
つぶらな瞳で正論をぶつけてくるベポに名無しは言葉を失った。
水路越しの応戦
「く、クマのくせにやるじゃないの……」
「名無しって馬鹿だよね」
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