試験用紙を握り締めたまま息荒く本部を歩き回る名無しは、既に本来の目的を忘れて怒りに任せて歩いているだけになっていた。
なんのために歩いていたのかは忘れたが、なんだかムカつくからひたすら歩くというよくわからない状態だ。
「なにしてんの?」
目的を忘れた名無しが声をかけたのは、見た感じいかにも雑用っぽい二人だった。
「今、見ての通り掃除をしてます」
「は?お前誰だ?」
生真面目な感じのメガネの男と超能力でも使いそうなケツ顎のサングラスの男。
「掃除だと?馬鹿か!!」
窓を雑巾で拭いていた二人を見た名無しは眉間にシワを寄せて、掃除しかけていた窓をバシバシと叩いた。
折角拭いていた窓に指紋が付いたが、それは名無し的にはどうでもいい。
「仕上げに雑巾で拭いたら繊維が残るだろ!窓に!それじゃあ掃除の意味がないだろ!?」
バシバシと窓を叩きつけながら強く訴える名無しに、二人は若干訝しげな顔をしながらも頷く。
「仕上げはこう!紙で!紙で磨きあげるのが基本中の基本だろうが!」
持っていた試験用紙をグシャグシャに丸めて窓を磨き始めた名無しは、隅からクルクルと器用に掃除していく。
それを見た二人は困惑気味に顔を見合わせてから、首を傾げた。
「おいコビー、こいつ誰だよ」
「僕だって知りませんよ。新しく入った雑用の人なんじゃないですか?」
後ろでボソボソと喋る二人に、名無しは手を止めて勢いよく振り返える。
凄い形相で睨み付けてくる名無しを見た二人は、びくっと肩を竦ませた。
「おいっ、新聞紙!ケツ顎、新聞紙持ってこい!メガネは自分の歯ブラシ持ってこい!」
「は、はいっ」
メガネの男が反射的に返事をして姿勢を正し、それに釣られるようにサングラスの男も姿勢を正した。
そのあとに何で俺が、と愚痴っていたが、それは聞こえなかったことにした。
なんにせよ、今の敵はこのうっすらと曇った窓ガラスだ。
一心不乱に窓を磨く名無しの姿は、外で訓練していた海兵の間で窓辺の阿修羅と名付けられることになるが、まだ名無しはそれを知る由もない。
「ほらよ、新聞紙」
「よし来た!!」
使っていた試験用紙をその場に捨てた名無しは、サングラスの男が持ってきた新聞紙に持ち変えて再び窓を磨く。
「歯ブラシも持ってきました…僕の…」
困惑したまま自分の歯ブラシを差し出したメガネの男は、なんとなく用途がわかっているのか顔がひきつった。
「あの、いらなくなった歯ブラシじゃダメですか?」
「あぁ?」
既に歯ブラシを手に掴んでいた名無しが振り返ったのは、サッシの溝を擦ってからだった。
「いえ、なんでもないです…すみません…」
気まずそうに目を反らしたメガネの男の肩をケツ顎の男が慰めるように叩いていた。
通りすがりの掃除魔
「なぁ、ここを小汚ない感じの女の子が通ってねェかなぁ」
「あ、青雉大将!お疲れさまです!その人なら…掃除をして去っていきました…」
「掃除?ああ、そう?ありがとさん」
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