仕事だと言っていたクザンが姿を消して約3時間は経ったのだが、未だに帰ってきそうな気配はない。クザンはパウリーに構って貰えとはいっていたが、実際のところパウリーが何者か全く知らずにただ面倒だったから目の前に現れた知り合いっぽいやつに押し付けただけの可能性も否めない。
むしろそっちの可能性の方が高い気がするから救いようがない。
木材の上で本を読んでいた名無しは、情けなく口をぽかりと開けた。
「お前の保護者はまだ迎えに来ないのか」
「ルル、今日も素敵な寝癖だね」
何を切るんだと言いたくなるような大きなノコギリを持って歩いていたルルは、名無しの言葉に頭を撫でた。
あり得ないぐらい鋭い寝癖はなんなく引っ込んだが、残念なことに反対側からまた新たな寝癖がにょきりと飛び出す。
押さえても押さえても出てきてしまうあれはもう生きているんだと思っている。
「暇なら手伝っていけ」
「暇じゃないよ失礼な!今コミュニケーションの勉強してんだから」
「暇だから勉強してるんじゃないのか」
「フッフッフッ、勉強の成果を見せるときが来たようだな!」
重たそうなノコギリを軽々しく持ち上げていたルルは、マッサージ機代わりにノコギリでとんとんと肩を叩く。
サングラスと胸に入った刺青のせいで怖そうには見えるが、大人の落ち着きを持ったダンディ、それがルルだ。
「おっと、手が滑った」
そう呟いて、肩に置いてあったノコギリをブーメランのように投げたルルに名無しは上半身を反らせるだけ反らしてノコギリを回避した。
反らしすぎて背後にあった木材で思いきり頭を打ったが、首が飛んでいくよりはマシだろう。
風を切るように回りながら飛んでいったノコギリは海賊のような男の頭スレスレを撫でてから作りかけの船に刺さっているのを反転した視界の中で確認した。
「……」
ただし、ルルは手癖の悪いヤツにはかなり厳しい。
ノコギリが飛んできたことで顔を青くしているあの男も恐らく船のカスタマイズ用の材料でもパクったのだろう。
「ルル、まずは話し合いから始めるのが対話の基本だよ。あとノコギリを投げるときは目の前にいる人にきちんと注意してから投げましょう」
「投げたわけじゃないぞ。あくまでも手が滑ったんだ」
サングラスを指で押し上げながら短い息を吐いたルルはあくまでも事故だと言いたいらしい。
だが後ろではパウリーが普通に締め上げているから事故にはならないだろう。
船大工は短気で困る。
短気短命
「コミュニケーションの基本が通用しないんじゃどうしようもないじゃん」
「拳を交えればコミュニケーションなんてややこしいもんはいらん」
「体育会系のルールは止めよう」
prev next
125