槌の音が懐かしく感じるのは、昔工房から聞こえてきていた鉄を鍛えるときの音に少し似ているからかもしれない。
特別その音が好きなわけではなかったが、今聞けば母親の心音みたいなものだったような気もする。
特別何かを語るわけではない両親だった。父親は父親で母親の望む材料を手に入れるために家にはあまりいなかったし、母親は工房に籠ってばかりだった。
寂しかったかと聞かれればそれは違う。一人遊びを鍛えすぎてどんな状況でもポジティブに遊びに変えられる特技が身に付いていたため、一人でもずっと喋っていたし、空想でつくりあげた敵と戦ったりもしていた。
「ンマー、寂しい子供時代だったんだな。同情しないが」
「おいおい、勝手に私の子供時代を覗き見すんじゃねぇよ」
一人思い出に浸ってちょっと感傷的になっていたのに、独特の喋り出しに全てを台無しにされてしまったように感じた。
あからさまに迷惑ですと言わんばかりの顔でいつの間にか隣に座っていたアイスバーグを見ると、胸ポケットからリスが顔をだしていた。
「アイスバーグさん、次の会議まで時間がありませんが」
「疲れたから行かない」
「わかりました。キャンセルしておきます」
リスを指の腹で撫でながらカリファの読み上げるスケジュールを疲れたとか嫌いなやつがいるからとかどうでもいい理由で断っていくアイスバーグは、とてもじゃないが市長の風格はない。
よくわからないが市長はこんな間抜けな顔で鼻をほじっていてはいけない気がする。
「今俺はリスの名前を考えていて忙しいからな」
「流石です。アイスバーグさん」
きりっとした顔つきで当たり前のように会話をしているところは市長らしいが、会話の内容がごっこの領域だ。いや、今時の子供はリアルさを追求するからごっこよりも酷いかもしれない。
「この間のコウモリはどうした」
「ンマー、あいつは名前を決める前に旅立ってしまった」
「せっかく特製のカゴまで用意したのに残念です」
「そうだな、カリファ」
眼鏡を中指でくいっと上げながら悔やむように俯くカリファに、アイスバーグも同意するように深く頷く。
「ウォーターセブンってこんな市長で本当に大丈夫なの?」
市長と秘書
「セクハラです」
「セクハラだな!」
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