「たわけ」
珍しいことにセンゴクが真顔で、しかもわりと穏やかな口調でそう口にした。
「そんな単文で私の願いを退けるんじゃないよ!頂戴よ、有給休暇!そもそも取るためにあるんだから」
「クザンに言ってみろ」
「馬鹿だなぁ。クザンに言ったら却下されたからわざわざ直談判に来てるんじゃん?」
「馬鹿はお前の方だ」
ふう、と大きな溜め息を吐いて読んでいた厚い本を閉じたセンゴクは、こめかみを押さえながら名無しを一瞥する。
気のせいか今日のセンゴクはやけにしおらしい。
いつもならもう血圧計を振り切るぐらいキレて収拾がつかないレベルになっていてもおかしくないのに、今日はもう脱力しきっている。
もう燃え尽きて今にもポックリ逝ってしまいそうだ。
「人を勝手に殺すな」
「安らかにくたばりやがれ」
「私が死ぬとしたらお前から受けたストレスでの衰弱死だろうな」
再び長い溜め息を吐いたセンゴクは目の前で組んだ手に額を付けてうんざりしたように肩を落とす。
センゴクがストレスで衰弱死するならこっちだってサカズキからの理不尽なイジメに泣きすぎて枯渇死するに違いない。泣いたことは一度もないが。
「なんでそうお前は問題ばかり持ち込んでくるんだ……頭が痛い」
「頭が固い?」
「……」
「頭が痛いね、はいはい。固い固い」
少し小馬鹿にする名無しをぎろりと睨んだセンゴクは、もう冷めているであろうお茶を一口啜ってから名無しの持ってきた有給休暇の書類を手にとった。
「一ヶ月半だと……?日にちの感覚もないのかお前は」
「正しい日にち感覚のもと割り出した日数ですが何か?」
「一応聞くが理由はなんだ」
「理由ってまあ、だいたいの製作期間が……むぐっ!」
理由欄にきちんと刀製作の為と記入していたつもりだったのだが、老眼のセンゴクには見えなかったらしい。
それを説明しようと口を開いたが、背後から口を塞がれてそれはできなかった。
「実家への帰省だって言うんだけど、さすがに有休はダメだって言ったじゃない」
口を塞いだ相手は、有給休暇を没にしたクザンだった。
しかも実家への帰省だなんて名無しは一言も言っていないし、休む理由だってクザンがたしぎとした安易な約束をしたせいだ。
なので今回のことは絶対に何がなんでも有給休暇にさせる。
有給休暇を奪取せよ!
「もが!もごごごご!」
「はいはい名無しちゃんは早く仕事に戻ろうね」
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