海軍本部のとある廊下の一角に、最高戦力と謳われる大将の一人、サカズキの低い声が響く。
「きちんと状況を説明せんかい」
サカズキの前に立つのは名無しと、それからクリームにまみれた一等兵のみ。
コビーは陰にいたため見つかってはいない。まさかのサカズキ登場に固まっているのだろう。
さっきまで名無しに殴りかかってくるほどキレていた一等兵ですらサカズキの登場に言葉を無くして佇むばかりだ。
「偶然パイを持って廊下を歩いていたら偶然躓いて偶然彼の顔面にパイを押し付ける形になりました」
「言い訳なぞ誰が聞いた」
「事実しか言ってませんが」
前から腹が立つ腹が立つと思っていたが、サカズキの威圧的な態度は本当に腹が立つ。
口を開けば余計なことを言うなとキレ、開かなければ説明しろとキレる。状況からして一等兵のように後者を選ぶべきなのだろうが、つい先程まで殴り合いの喧嘩をしていたせいか神経がピリピリして落ち着かない。
言われたら言い返したくて仕方がないのだ。
「黙らんかい。ここで揉め事を起こすっちゅうことはそれだけで悪じゃ」
「お言葉を返すようですが」
言い分も聞かずに話を推し進めようとするサカズキにカチンときて思わず口を挟むと、その瞬間に弾けるような大きな音と右頬に激痛が走った。ワンテンポ遅れて一等兵の身体が強張る。
バックハンドで殴られたことに気がついたのは、口の中が赤く染まってからのことだった。
「わしが黙れと言ったら黙らんかい」
ぎろりと見下すように名無しを睨み付けてくるサカズキにイラッとして反射的に睨み返す。
「この……クソッタレが」
口腔内に溜まった血にまみれた唾液を無理矢理飲み込んで吐き捨てると、吐き捨てた言葉と同時に平手が飛んできた。
飲み込んだはずの血が口の端からボタボタと廊下の床に落ちて、名無しは小さく舌打ちをした。
「上官に口答えするようなやつはさっさと辞めてしまえ。目障りじゃ」
「……」
口の中がびりびりと痛むし、隣の一等兵はサカズキの強面にビビって一言も発しないし、本当にムカついたので海軍は辞めないことにした。サカズキが辞めて欲しいなら絶対に辞めてやらない。
右も左も理不尽だらけ
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