白雪姫 さすが根っからの遊び人と言うべきか、サッチは女のことをしっかりと覚えていた。あれだけ酔っていたのに大したものだ。 これで女の正体が明らかになったわけではないが、こういう不思議なものに耐性ができているクルーたちは、さほど疑うことなく女の存在を受け入れた。挙げ句の果てには「おまえが一番に見つけたんだから、おまえの願いを叶えてもらえばいいじゃん」と、事の一切をおれに丸投げしてきた。面倒なことはごめんだと言うのに。 しかしこのまま何もせず、女を船に置いておくわけにもいかない。とりあえず話を聞いてみることにしたが、聞けば聞くほど現実味がなくふざけているように感じる。 願いを叶える力とやらはどうやら万能ではないらしく、いくつか条件をつけてきた。 ひとつ目に、人を殺すことはできない。だからといって殺せないわけではなく、「できるけど、わたしが殺したくないから」だそうだ。 ふたつ目に、ワンピースを手に入れることもできない。「海賊はみんなワンピースがほしいってお願いするから、何度もやってみようとしたけれどだめだった」らしい。 さすがワンピースだな、と女のペースに流されて感心してしまった自分が情けない。 「そろそろ願い事決めてほしいんだけど」 女を発見してから更に2日経った。島があったら降りてもらおうと画策したが、こういうときに限って島に着くにはまだ数日かかる見通しだ。だからといって海に突き落とすわけにもいかない。女の言う通り適当に願い事でも伝えてみようかと考えたが、なんとなく願い事は思い浮かばなかった。 「あー……わりィない。なんか思いつかなくてよい」 「海賊なのに欲がないのね」 おれが欲しいと願っているものは、充分すぎるほど与えてもらっている。これ以上欲張るのは罰当たりな気がした。 「今まではどんな願い事を叶えてきたんだい?」 「海賊だと宝とかお金とか悪魔の実とか。あとはやっぱりワンピースがほしいってみんな言うよ」 「でもワンピースはだめなんだろ?それで海賊が引き下がるのかい」 「たまに、怒る人もいるけど……できないんだもん。仕方がないじゃない」 今まで滑らかだった女の応答が心なしかぎこちなくなった。女は両腕で自分を抱き締めるような体勢で、カタカタと震え出した。 「ワンピースはだめ、人を殺すのはわたしの都合で諦めてもらってるから、ひどいことされても文句言えないもの……」 小さい体を更に縮ませて震える女に、手を差しのべることができなかった。 「ここの連中はそんなことしねェから安心しろ」 「……この船の人たちはやっぱり変。海賊らしくないもん」 女は自分を抱きしめていた手を離し、胸のあたりで何かを握るような形を作った。その手をほどくと小ぶりなりんごが現れた。流れるような一連の動作はまるで手品のようだった。 その様子に目を丸くしていると「あなたも食べる?」と先ほどと同じ動作でりんごを出してみせた。はい、と手渡された赤いりんご。 「願いを全部叶えたらどうなるんだい?」 「元いた場所にもどって、次を待つの」 「次って……」 「願いごとを叶えてあげる人」 「いつまで?」 「分からない。たぶんこれからもずっと……わたしが生きてるうちは」 何て言葉をかけたら良いか分からなかった。飲み屋で女を軽くかわすセリフには困ったことはないのに、いざと言うとき目の前にいる相手にかける言葉が見つからない。 沈黙の中、女が手渡してきたりんごを見つめる。太陽の光を一心に受けて育ったのだろう、その鮮やかな色が眩しい。手の中の真っ赤なりんごを転がしながら、どうしたものかと想いを巡らす。その時おれは、はたと気づいた。 「願い事ってのは、おまえに何かしてやるってのも有効かい?」 |