rush | ナノ


「げっ」
「おかえりー」
「なんでいんの」



 家に帰ったらむっくんが私の部屋にいた。窓開いてたしーって窓から入ったのかよ。この家のセキュリティーまじカス。小さく舌打ちしたらむっくんがいきなり立ち上がって私を抱きしめる。はっ、こんなんで許すと思うなよ。思いっきりむっくんの体を押しても、当然びくともしない。無言でもっと強くぎゅうっとされた。…何か言ってよ。せめて言い訳とかさ。



「むっくん、」
「首まだ痛いんだよね」
「は?っ、いったぁい!!!」



 がぶり。こないだの仕返しと言わんばかりにかみつかれた。とっさに肩に手をあてると、服の上からでもわかるくらいに歯形がついてた。じわじわ痛みきてるし。まさか血出てないよね?ありえない。むっくん、本当!まじで!



「痛いし!」
「俺も痛かったし!」
「は?!女相手に咬み返すとか、むっくんそれでも男?」
「あんたこそいきなり咬むとか女じゃないじゃん!犬じゃん!!」
「あんたって言うなって言ってんだろぉおおおおお!!!」
「うるせーしバーカバーカ!」
「やんのかこら!!」
「やってやるよ!!」
「紫原てめぇしね!!!」



 ぶちんと何かが切れた。むっくんに飛びかかるのとむっくんに殴られるのはほぼ同時だった気がする。尋常じゃない暴れ様で部屋の物が片っ端から壊れまくってるし、むっくんの蹴りで壁に穴が開いた。けど、止まらない。お互いの服がボロボロになって、口の中血まみれでも、挙げ句に鼻血出てるのもお構いなしにとっくみあい。倒れこんだむっくんのマウントポジションをすかさずとって、そこで初めて我に返ったっていうか、怒りがおさまって、今度は涙が出てくる。あちこち痛いし。



「なんで東京行っちゃうのぉ」
「なまえも来ればいいじゃん」
「行かないし無理だし」
「俺がなんとかするし」



 フツーに考えて無理でしょ。子供みたいなこと言わないでよ。確かに私たちまだ子供だけど、もうすぐ大人になるんだよ。むっくんは大学生になるけど私なんかプーだから。バイトの稼ぎじゃ家出れないし、ましてや東京とか現実的に無理。でもむっくんに言われたらなんかなんとかなるかもーって思えてくる。バカだ。そんなんで上手くいくほど人生甘くない。



「知らないだろうけど、」
「うん」
「俺さあ、」
「ん」
「なまえが思ってるよりなまえのことすっごい好きなんだよ」
「むっくん、」
「っ、あんま、こっち見ないで、」



 泣き顔を必死で隠すむっくんは子供みたいだ。こんなに大きいのになあ。顔を覆っている手にキスをする。どうしよう、私すっごいむっくんが好きだ。むっくんが思ってるよりもっと、好き。



「だから、なまえ、一緒にいてよ」
「うん」



 割れた鏡にバカなクソガキが二人。





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