rush | ナノ


 ほら、また見てる。



「何?」
「別にー」
「見てたじゃん」
「は?見てないし」
「ばっちり目合ってましたけど」



 バツが悪いとでも言わんばかりに顔をしかめて、それ!と指先した先には氷室センパイにもらったペコちゃんの紙。



「それ見てニヤニヤしてるのキモすぎ」
「うっさい」
「そんなに室ちんが好き?」
「…好きだよ」



 紫原は変なとこ鋭いから、私が氷室センパイを好きなことはとっくにバレてると思ってた。それは別に、隠す主義じゃないから構わない。でもなんでアンタがそんな顔すんの。ねえ、紫原、



「なまえは気づいてないんだよ」
「…何、」
「室ちんに対する好きは勘違いだってこと。わかんないの?」
「紫原…意味わかんないんだけど」
「室ちんのどこが好き?」
「優しいとこ」



 てか何でこんなこと紫原に言わなきゃいけないわけ。でっかい手が伸びて、私の両側の壁についた。こんなことしなくても逃げないし。視界いっぱいが紫原で埋め尽くされてる、って変な感じ。凄みさえある威圧感に不似合いな甘い匂いが香る。



「室ちんなら愛してくれる、って思ってない?」
「それの何が悪い」


 好きな人の愛を欲しがって何が悪い。紫原には関係ないでしょ。くそったれ。胸ぐらを掴んで、引き寄せると甘い匂いが一層濃くなった。



「イライラする」
「こっちのセリフ」
「なまえは室ちんじゃ無理」
「はぁ?!紫原が決めつけることじゃないじゃん!」
「わかるし」



 意味わかんない。無理とか、どうして紫原にそんなこと言われなきゃいけないわけ。アンタに何がわかるっていうの。知ったつもりとか、うざい。左手に力がこもる。



「室ちんは、なまえを見てないよ」



 ああ神様、この男の頭上に隕石でも落としてくんないかな。なーんて、願っても叶うわけないわな。神様なんかいないんだから。親も好きな人も私を見てくれない。氷室センパイが私を見てくれないこと、紫原に言われなくてもわかってたし。馬鹿じゃないの。私が一番馬鹿だけど、紫原も馬鹿でしょ。



「俺はなまえを見てるのに」



 ここでキスするとか自分勝手にも程がある。





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