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 髪を切りたい、と彼が独り言を洩らした。わたしはただ黙って鋏を握った。古新聞、ビニール袋のケープ、しゅっしゅっと霧吹きから噴出される音が響くバスルーム。膝をついてうつむく敦の姿は神に懺悔する人のよう。



「…ばっさり、ばっさりね」



 そんなことは言われなくてもわかってた。彼の重い想いを断ち切る鋏の音が軽い音に聞こえる?私には重い。背中からでもわかる。
 敦は静かに泣いていた。




「俺は飛べないんだよ」
「そんなことない」



 気休めしか言えないわたしの不甲斐なさ。誰もがわかっていた。だけど言えなかった。敦の脚はきっともう元には戻らないこと。飛べないこと。誰もが羨んだ肉体を彼自身が望まなかった。疎ましくさえ思っていた。彼が羨んだのは普通。それでもやっと飛び方を知った。しかし長くは飛べなかった。また、持て余すだけ。



「敦、」
「…なに」
「また髪、伸ばしてよ」
「……」



 敷きつめた新聞紙に散らばる髪と涙。
 あの日飛んだ彼が脳裏に浮かんで。



121229
飛べない天使

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