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がたんごとん、
電車が揺れる。肩がぶつかる。わたしはちらりと横の綱吉を見る。放心したかのように目の焦点は定まっておらず、ただ正面を見ている。向かいの窓には真っ暗な空と橙や白、青などの光が写っていて、建物の内側はぼんやりと橙に照らされている。
「……綱吉、」
小さな声で彼を呼ぶ。まだ心はここにあってほしい。綱吉、綱吉、ただでさえ小さな声がさらに小さくなっていく。綱吉、何度呼んでも彼はこちらを見ない。ため息をつく。突然窓がばっと暗くなってごおおと動物のうなり声のような音、トンネルに入ったのだ。画面が黒に統一されるせいかここが狭く感じる。少し落ちつくのは何故だろう
宙を仰ぐと蛍光灯の白さに目が痛くなった。太陽を見たみたいにまぶしい。綱吉、綱吉、綱吉
「…さむ」
日中は暑いとはいえ暦のうえでは秋。さすがに夜は冷える。冷房で汗が引いたこともあり肌寒い。そうっと彼の手に自分の手を重ねる。彼の手はもっと冷たい。暖めてあげよう。彼の手を包もうとしたがわたしの手の大きさでは包みきれなかった。……普通、逆なんじゃないの?
「どこまで行くんだろう」
「どこにでも行ける」
返事があった。少し驚く。いや、かなり驚いた。でも視線は正面。
「どこでも?」
「うん、どこでも」
どこでも行ける、彼は呟いた。嬉しさ寂しさ不安恐れ期待、全てを孕んだ声。底なしの自由を与えられた人間のような声だった。小学校の道徳でやった「もし全てが自由になったらどうするか」ってテーマの話し合い。学校に必ず行かなくてもいい、嫌いなものを食べなくてもいい、好きなことをいっぱいできる、誰も文句なんか言わない、警察だって罰しない、自由の意味を履き違えた世界。良いも悪いもごった混ぜ。そんな世界を考えると子どもながらにぞっとした。自由が怖いなんて
「これからどうしよう」
「…どうしようか」
何でもできる、どこにでも行ける。さあ何をしたい?どこに行きたい?と問われると答えられない。だってわたしたちは、少なくともわたしは底なしの自由が欲しかったわけじゃない。ただ縛られたくなかった。将来、運命、血筋、背負うもの、やらねばならないこと、全部。捨ててきた。いや、投げ出してきた逃げてきた。逃げ切れる自信はあまりない
「ここ、どこだろうね」
「だいぶ遠くまできたな」
「綱吉、」
「ん?」
「わたしたち、どうしたらいいのかな」
不安を言葉にすると、どうしようもなく泣きたくなった。終わりのない宿題に悩まされてるみたいだ。終わらない終わらない終わらない終わらないわからない
「…バカみたいだ」
「ばかだよ」
「とんでもないことをしてるのかもな」
涙をぐっと眼球に押し戻して、綱吉を見ると、彼はまだ正面を見ていた。やけにすっきりとした横顔だと思った。感情も何もないみたいで怖く鳴って、わざとらしく手に力をこめた。次はーーー、ーーー。右側の扉が開きます。アナウンスはやけに無機質で駅の名前はもちろんわからなかった。無人の駅に停車する。ドアが開いて足元を生ぬるい風がとおる。降りる人も乗る人もいない。またドアが閉まる。がたんがたん
「月を追い越していく」
「………まさか」
「月を置いて行ってる、ほら」
体をよじって後ろの窓から空を見ると、満月より少し欠けた月が置いていかれていた。置いていくのと置いていかれるの、どっちが辛く寂しいのか。どっちも想像してみたら胸が千切れそうにぎゅうと締め付けられた痛い
「どっちも辛いね」
「何が」
「置いていくのと置いていかれるの、どっちが辛く寂しいのか想像してみた」
「どっちも辛かった?」
「うん」
そっか、綱吉はそのまままた窓に視線を移した。月を見る横顔は寂しそうだった。たぶんわたしもいま同じ顔をしている
「大人になりたくない」
「うん」
「でも、無理だ。そんなこと」
「……うん」
「わかってるのにな」
大人になりたくない。わたしだってなりたくない。大人になるということが必ずしも年をとる、という意味ではないのだけれども、時間が経つってことは何かを捨ててしまうことだとわたしは思う。綱吉はもうじきわたしを捨てなければならない。…これはちょっと言い方が悪いな……そう、わたしと過ごす時間を捨てる。わたしは置いていかれ、綱吉は置いていく。そして綱吉はわたしと全く違う人生を歩く。違う世界に行く。すなわち、今の世界を捨てる。わたしは綱吉と同じ世界に生きられない。綱吉を捨てる。違う世界に生きる。そんなの嫌だ、辛い。大人になんかなりたくない
わたしたちは逆らえずにこの見えない重圧に押しつぶされている。苦しいのにどうしようもない。綱吉、綱吉、
「置いていきたくない」
「…………」
「忘れたくない」
「…………」
「一緒にいきたい」
いきたいって生きたい?行きたい?それとも、逝きたい?
「全部」
一緒に生きて、死にたかった
ピ
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タ
|
パ
ン
エ
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ド
ロ
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ル
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