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彼女と初めて会ったのは俺がまだ日本にいた頃で、視界を覆いつくすほどの桜の中、薄桃な俺の視界に、彼女はただ一点の灰色としてあらわれた。
あらわれた
という表現はまるで幽霊か幻みたいにふと存在したかのようだが、まさにその通りだった。彼女は"あらわれた"のだ。目を凝らさなければ気づかなかった。見過ごしていたかもしれない。それくらいちっぽけであった、しかし桜の薄桃と決して同化することのない、灰色が彼女だった。
「何をしてるの?」
好奇心故の言葉が口をついて出る。彼女の視界は俺と同じ薄桃色なのだろうか。桜の花びらが舞う宙を睨みつけるかのように宙を凝視し続けて、返事はない。
「さくらが嫌い?」
話しかける声に反応はない。どうして彼女を気を引こうとしているのか自分でもよくわからなかった。
「……、…ん……る」
「え?」
微かな声。綺麗な横顔がわずかに俺のほうを向いて、静かに弧を描いていた口元が動く。声も横顔も雰囲気も、揺れる髪も悲しみを携えている。
「永遠を信じてる?」
いつの間にか真っ直ぐ向き合っていた彼女は悲しく微笑んだ。透き通った瞳は涙に濡れていたかもしれない、そう思わずにはいられないくらい、悲しい微笑みだった。俺は美しい悲しみに魅せられていた。惚けると同じくして、彼女の問いに戸惑う。それを知ってか知らずか、それとも最初から肯定も否定も要らなかったのだろうか、彼女は口を開く。
「永遠、ないよ。」
ひどく静かな声。希望のない、暗い海の底にいるような、それでいて何かを諦めているような。聞いていて胸が締め付けられるような声。春風が吹き、彼女の体が傾ぐ。ほぼ反射的にその腕をつかむ。舞い散る桜の花びらと消えてしまいそうだった。なぜか必死になって、彼女をこの世界に繋ぎとめておきたいと願っている。これが世に言う一目惚れというやつか。
「永遠はある」
俺の言葉に彼女は目を丸くする。初めて見た人間味のある表情に少しほっとした。
「俺が証明するよ」
灰色だった彼女が薄桃に変わる。悲しげな微笑みではなく、世界中の幸せを一身に受けたかのように笑ってみせた。彼女はもう俺が腕を強く握らなくても消えたりなんかしない。それでも俺は彼女を強く抱きしめた。一緒にいるさ、永遠を証明できるまで。
「約束、やぶっちゃった」
まどろむ意識の中、こんな汚れた黒じゃなくて彼女の薄桃の微笑みが見たいと思った。
100730 chikura
まどろみ