ハッピーバースデーディアざーいぜーん | ナノ


「好きです」



このセリフをもう何回聞いたことだろうか。毎度毎度、よく飽きないものだ。目の前に立ちはだかる彼を気にせずに、盛大なため息をついた。それくらい真剣なのか、もはや意地なのか、分かりかねるが今回も私の返事は同じである。



「ありがとう。でも応えられない」
「好きなんや」
「…どうも」



それじゃ。横で通せんぼしている腕をくぐり、背を向けたところで抱きしめられる。…はあ、またため息をつくと耳元で同じセリフを囁かれる。私はそれに面倒だと思う反面、泣きたくもなった。愛するのも、愛されるのも、私には必要ないのだ。できればそんな事とは縁遠く生きていきたい。傷つくのも傷つけられるのも、感情を揺さぶられるのも面倒なだけだ。私はただ、平穏に生きたいだけだ。



「…いい加減にして」



ざわつく胸に苛立ちを覚える。一喜一憂することはひどく労力を使うのだ。こみ上げるものを振り払うように、彼の胸を押せば温もりは容易く消える。かと思えば口づけを降らされ、彼のまっすぐな目は、好きだ。好きだ。と必死で訴えている。でも私には要らないのよ。あなたにも、誰かにも、心を揺らされるのはごめんだわ。つう、知らず知らずに流れる涙を見られたくなくて目を逸らすと頬を包まれ、また彼に見つめられる。














何もかもの始まりがリフレインした。突然好きだと告げた彼に、たしか私はこう言ったのである。



「財前くんにとって…恋愛って何?」
「…そういう気になったんすか」
「かの有名な太宰治は恋愛とは、性欲を詩的に言ったものだって」
「へえ」
「私もそう思う」
「先輩」
「だから、「溜まっとる?」……は?」
「性欲は溜まっとります?」



性欲の捌けの対象とされているならば、一度セックスをして、それで終わりだろう。今さら、守る貞操もないのだし、こんな話をふった私にも責任はあるのだ。



「…じゃあ、私は帰るね」
「先輩」
「ホテル代は半分そこに置いておくから」
「好きです」



……唖然、いや呆然?
性欲の対象でなければ、遊ばれているのだろうか。単なる暇つぶし?どちらにしろ、私の答えはノーだ。
正直理解ができない。頑なに拒否する私を好く理由は?動機は?どうしたら彼は諦めてくれる?空っぽの無色透明な生活に彼は突如色をもって現れ、私をかき乱す。戸惑う。困る。苛立つ。愛される。愛したくない。泣いている。



「…何、笑ってるのよ…っ」
「先輩が俺の事で泣いとるから」



つい、嬉しくて。
笑う彼をひっぱたいた。彼は赤くなる頬を愛おしげに撫で、微笑む。やめてよ。そんな目で、私を見るのは、やめて。



「先輩、愛されるんは怖い?」



怖いわ。














ぱったりと彼は来なくなった。私はまた平穏な日々に戻り、季節は流れた。何も感じず、時間を費やす毎日だから特に感想も何もないけれど、時折彼に似た人を見つけては痛む胸を誤魔化す。
愛されるのは怖い。だって愛してしまうかもしれない。それでも、いつか無くなってしまうわ。永遠も未来も信じられないのよ。手放しに誰かを愛するほど、馬鹿でもないし、そんな風には生きられないわ。失うことに耐えられないなら何も手に入れなければ、全部手放してしまえばいいと思って私は、全部捨ててきた。このまま忘れてしまえばいい。過去にして、薄れていくはずの彼の存在は日に日に濃くなっていって、ついには彼を人ごみに探すようになり、そんな私の目の前に彼は現れた。あの日より大人びた彼の目に、まだ私はいる。色づいていく。



「先輩、好きです」
「…私、も」



抱きしめられて耳元で ずっと待ってた と彼は囁いた。



110720 財前ハピバ企画


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