ハッピーバースデーディアざーいぜーん | ナノ


「地球が消滅します」



ニュースキャスターの言ったそれは、あまりにも非現実的で唐突だった。リアルさも緊迫感もかけ離れすぎて、本当かどうかすらどうでもいい。まるで興味がなかったのである。地球が消滅する?いきなりそんなことを言われたって誰が信じるだろうか。食パンにかじりつくと、上にあった半熟の目玉焼きの黄身がやぶれて、とろとろの卵黄があふれる。



「あわっ」



ぽたぽた、真っ白な食器に落ちる黄色と格闘する私に「アホ」と一言つぶやいた光は、器用に食パンを2つに折り曲げて綺麗に食べていた。…なるほど。それならこぼれないね。明日からはそうやって食べるようにしようっと。光はニュースキャスターを一瞥して、冷ややかな視線をおくる。私と同様、興味がないらしい。コーヒーの苦い香りがふわりと正面の私まで届く。食パンを慌てて口に入れると、口の中がいっぱいになって、必然的に飲み込むのも早くなって、苦しくなる。あーあ、すぐ飲み込むと太るんだよなあ。格闘が落ちついたところで水の入ったグラスに手をのばす。すでにテレビはエンタメ情報のコーナーに変わっている。外国人アイドルの来日の様子を映していて、ふと洋画が見たくなった。



「ねっ」
「なに」
「帰りに洋画借りて来てよ」
「…見るん?」
「見たくなった」
「何がええ?」



普段あまり洋画をみない私にそう聞かれてもわからない。表情から察してくれたのか光は朝ご飯もそこそこに、ピアスを耳たぶに差しながら「適当に借りてくる」と席をたった。レンタルビデオ屋でバイトをしている彼だからきっと面白いものを借りてきてくれるだろう。「怖いのはやだ」前に彼がホラー映画を借りてきたときはその内容の恐ろしさに、本気で別れてやろうかと思った。



「ていうか光、ピアスより先に服着なよ。」
「先輩が俺の体好きや言うたから、」



サービスしてやったんに。
耳元で妖しく囁かれてしまえば顔を真っ赤にするしかない。そんな私を見て意地悪く笑う彼を睨みつければゆっくり顔が近づいてきて、唇が触れるか触れないかの距離で見つめ合う。



「先輩、」
「な、なに」
「体だけ好きなん?」



わかってるくせに。言わせたいんでしょ。意地が悪い男。でもそういうところもひっくるめて全部が好きだと、そう言わせたいんだろう。誰が言ってやるものか。目の前の唇に自分のを重ねる。苦いコーヒーの味は嫌いだけど、混ざり合う唾液でそのうち気にならなくなる。私がソファーに押し倒されたところでニュースキャスターがまた、地球が消滅する と言った。どうでもよかった。























どうやら非現実は現実だったらしい。あれから地球消滅の事実が全世界各国の、もちろん日本の政府からも発表されて、マスコミもそればかりを扱うようになった。新聞もテレビも雑誌も、人々の話題は地球消滅のことばかりになっていった。ネットではいろんな情報が飛び交っているらしい。自殺や殺人、強盗のニュースも急激に増えた。国の偉い人が理由をつけて、退職していくようになって、政治はめちゃくちゃになった挙げ句に空っぽになった。これが自分たちの国だと思うと悲しくなった。公表された"地球最後の日"が近くなるにつれて、公共機関は次第に動きを止めた。治安も悪くなっていって、私と光は大学に行けなくなった。
一日中何をするでもなく、ただ二人でいた。ご飯を食べて、洗濯をして、掃除をして、光はバイト先で強盗があってからバイト先が突然、店じまいをしてしまったらしい。最後に借りてきた洋画を繰り返し二人で見る。映画は地球滅亡をテーマにしたもので、現実とはひどく違っていたけれどなかなか面白かった。あとは光の好きな音楽をかけたり、本を読んだり。私たちのいるところは比較的安全らしかったので二人でスーパーに行ったり、散歩をしたり、公園で遊んだりもした。毎日セックスもした。お酒も飲んだ。まるで無期限休暇をもらったみたいだ。地球がどうして消滅するのか私にはわからない。説明されても中学理科2の私に理解はできなかったし、理解したところでどうしようもない。理解したくもないし、納得もできないだろう。それに、今やテレビは悪いニュースを延々流すか、最後の日をどう過ごすかで地球がなぜ消滅するのか、なんて最初の疑問の旬はとっくに過ぎ去ってしまったらしい。



「光」
「ん」



私も彼も特別なことなど何一つしなかった。避難シェルターを作ることも絶望することも、心中することも、頭がおかしくなることもなく日常を過ごしていた。それは消滅の原因を知らないということからかもしれないし、無意識下に深く考えることを放棄してしまったのかもしれない。はたまた私たちがどこかおかしいのかもしれない。でも、だって、消滅って言われたって太陽が昇らないわけでもなく、水がなくなったわけでもない。人間が地球に殺されたわけでもない。人間は人間に殺されているのだ。人間が消滅を理由にして、何かを止めたのだ。太陽は昇るし、沈む。雨も降る。風も吹く。食べるものも寝るところも着るものも、愛しい人もいる。五体満足な体だ。何が変わったというのだ。私も彼も、何も変わっていない。



「明日なに食べる?」
「和風ハンバーグ」



明日、世界が終わってしまうらしい。



110720 財前ハピバ企画

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