ハッピーバースデーディアざーいぜーん | ナノ



「何やお前か」
「サヨウナラ」



すくっと立ち上がった瞬間に腕を掴まれ、ぼろい木製のイスに再びリリースされた。…何ナンデスカ、財前を睨みつけると何倍もの睨みで返されたので大人しく座っていることにした。私賢い。
財前に会えば黙って逃げろ、が私の教訓である。同じクラスになる前から、彼の事は色んな意味で有名だから知っていたけど、あっちも私の事を知っている。というか面識が、一度だけ、ある。あれが全ての始まりだ。友達が「財前くんってちょっとかっこいいよね〜」と言ったのに、私が「でもさあ、ちょっととっつきにくそう」と返した。あの瞬間、偶然にも彼がその会話を聞いており、まるで親の仇と言わんばかりの形相で私を睨んだのである。それから、極力顔を合わせないようにしているが、何せ同じクラスだ。嫌でも顔を合わせる。その度に睨まれたり舌打ちされたり、足引っかけられたり、ボールぶつけられたり、頭叩かれたり、馬鹿にされたり、水かけられたり、…まあ、嫌がらせを受けるわけ、だが、さっきから私を見下ろす、いや見下す?財前は何もしてこないし、何も言わない。



「…あ、のー」
「何」



…あれ?いつもならここで「しゃべんな耳が腐る」「きもい」だの言ってくるのに。おずおずと顔を上げると、目があってニッコリと微笑まれた。…どどどどうしよう。あの財前がニッコリ!?怖い!本気で怖い!今世紀最大の恐怖を目撃してしまったぞ私は!財前がニッコリ!?アカンもう終わった…



「…父上母上、先立つ不幸をお許しください…」
「そんな悪いん?」
「…はっ?」
「歯」



虫歯らしいやん。まあ、そうですけど…えっ何でそんなこと財前が知ってるの?口を開いた瞬間ずきずきと痛む右頬を抑える。財前は目を細めて ふうん と不適に笑った。…怖い、さっさと帰ろう。歯医者さん予約してるし、こいつ絶対良くない事考えてる。ダッシュで逃げて、いざとなったら忍足先輩に助けてもらおう。よし、せーっ



「のおっ、おおおうっ?!」
「逃がさへん」
「ちょっ、と本当急いでるんだってばあ!」



脱出失敗。私の肩を押す力は強く、じたばた暴れる度に椅子が音を立てる。しまいには壁に押さえつけられて、椅子は派手な音をたてて横に倒れた。椅子から放り出された私は床に座りこんで咳きこむ。くそっこいつ…!



「忍足先輩に言いつけるよ!」
「……」



しーんと静まり返る雰囲気に恥ずかしくなった。言いつけるって!小学生かよ!財前はなぜか眉根を寄せて苦しそうな顔で、何かを呟いた。今さらだけど、財前の顔もよく見ると整っていることに気づいた。掴まれた腕は力が強くなっていて、思わず顔をしかめる。ていうかどうして私がこんな目に合わなきゃいけないの?そりゃあ、あんな初対面だったし、財前は私の事嫌いだろうけど、でもそんな、ここまですることってなくない…?あ、やばい泣く…



「…っ!?」



何考えてんのこいつ?!
出てきそうになった涙は財前の突然の行動に驚いてひっこんだ。合わさった唇は柔らかくて、入りこんできた熱い舌、に頭が真っ白になる。ただ驚きに目を見開いていると目があって、ニヤリと笑っ、た?



「〜んんっ!」



この野郎!執拗に虫歯のところを舌で弄られて、じくじくと痛む。痛っ!ば、ばばばっかじゃないの?!いたい痛い!!このやろっ、虫歯うつってしまえ!胸を力の限り叩くと、やっと財前は離れてくれた。すかさず距離をとる。



「まじで忍足先輩に言うからね!」
「俺にキスされて気持ちえかったです、って?」
「あ、ああアホか!!」
「謙也さんが好きなんやろ?」



……は?財前は真剣な顔で、また私に近づく。ので、横に逃げると舌打ちされた。ちょ、顔!怖いから!



「謙也さんのが絡みやすいもんな」
「へっ」
「俺みたいに嫌な事もせんし」
「(てか嫌がらせすんの財前くらいなんだけど…)」
「優しいんやろ」
「…あのさ、」
「…何や」
「謙也さんって、誰?」
「………は?」
「いやだから、誰?」



財前がぱちぱちと数回まばたきをしたかと思えば、クツクツと笑い出す。…ついに頭がおかしくなったか…。だんだん大きくなる笑い声にバカらしくなって、図書室を後にする。



「あー…何や…馬鹿らし」



財前が図書室で一人、嬉しそうに笑っていたのを私は知らない。



110720 財前ハピバ企画


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