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「あああああ!!!ぁぁあああああ!!うっ、わぁああああぁあ!!!」



ダムが決壊したかの如くけたたましい泣き声に女の喉を包丁でかっ切ってやりたくなった。この世で一番煩わしいものは女の泣き声であるといってもいい。俺は音楽以外の賑やかな音が嫌いで人ごみも苦手だ。この女の奇行はもっと苦手だ。俺は黒のアイポッドを片手に、部屋の隅へ移動する。



「うっわああああ!!ぎゃああああああああああ!!!ああああああ!ああアアアアアああああ!!」



声は悲鳴に近くなるが無関心を装い、彼女との数メートルの間に見えないバリアをはる。見ざる聞かざる知らざる。こういうときは何もしないのが得策だと、前に下手に手を出して包丁を投げられたときに学んだ。声はヒートアップしているが、無視。あの謙也さんの従兄弟の技やないけど心を閉ざす。



「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙財前!!財前ああああああ!!!」



えー名前呼ぶとか卑怯やろ。不覚にも心臓がビクッと跳ねたが、小さく呼吸をして無視を貫く。イヤホンをさしている途中ビリビリと布の破れる音がした。
布団の中から白い羽がふわふわと舞って、女の頭や服につく。白のロングスカートに醤油の入ったビンが倒れ、茶色く染めていった。大音量で響く音に包まれる。俺は年がいもなく泣きたくなって膝を抱えた。

こうやって叫ぶようになった彼女を見る目が"愛しい恋人"ではなく"可哀想な女"にいつか変わってしまうことが怖い。そのとき俺と彼女にあるのは純粋な愛、本能ではなく、同情になっているのだから。きっと胸にむず痒さを抱えながら「好きだ」と言うことも、彼女を求めることもなくなる。でも俺が彼女を見捨ててしまったら、そう考える時点で俺は彼女に同情しているのだろうか。俺にはどうすることもできないと、彼女と病院を訪れたのは記憶に新しい。奇声を発することで精神のバランスを保っているんだろうと医者は言って、錠剤と自作のCDをくれた。「聞くと落ちつくよ」CDに入っていたのは有名な歌手の曲だった。あなたは一人じゃない、人は一人では生きれない、静かなメロディを歌うCD(正しくはコンポ)を彼女は窓から投げた。俺も彼女もバラードは大嫌いだ。しかしコンポに罪はないやろ。それから病院には行っていない。



「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」



細い体のどこからそんな声が出るのやら。正気の彼女だけを愛そう、と俺は区切りをつけた。そうでもしないと俺まで叫び出してしまう。叫んだらそのまま止まらなくなりそうだった。霊媒師に除霊されている悪霊のような声を発し、白目を剥く女は幸いにも、俺の知る彼女と同一人物には見えない。別人格の全くの別人だと思えばいい。俺が好きなのはこの女じゃなくて彼女や。



「ああああああああ!!!あいしてああああああああああ愛して!!!あああああ」



イヤホンから流れる音は女の叫びをかき消した。



傍観



110407 chikura





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