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先輩は、虫が嫌い。
小さいものから大きなものまで分け隔てなく大嫌いで、触れるのはおろか見ることさえダメなもんだから、もちろん退治なんて出来るわけがない。小学生のころ、からかって虫の図鑑を見せてきた男子の給食に絵の具を入れてやったと先輩は笑って話したことを覚えている。全然笑えない。話が微妙に逸れた。虫が大嫌いな先輩は今年の夏も大戦争だったらしい。冬はいいよ、虫がいないから。先輩は言う。図書室貸出カウンターの真下にて。そこは先輩の特等席(とは言っても床だが)。手には太宰治の蜘蛛の糸。虫が嫌いな先輩は本の虫。
「ゴキブリの人とまだ続いてはるんすか」
ゴキブリの人、とは。この夏、先輩の代わりにゴキブリと大戦争をした男。勝利の末に先輩を手に入れた、と勘違いしとる馬鹿で阿呆な色々と救いようのないおめでたい男である。先輩は誰のものにもならへん。今年の夏、先輩の部屋に2匹、ゴキブリが出た。倒したのはそれぞれ別の男。まあ、そういうこと。
「ん〜〜どっちの?」
「どっちも、っす」
続いてる、ん…じゃない?
曖昧。しかも、他人事。
「好きっすか?」
さあね。先輩は活字を追いながら薄く笑う。この顔は好き。笑ってるのに全然幸せそうじゃないとこがいい。自分も他人もどうでもよさそうなとこが割りと好き。会話のテンポと雰囲気が独特。脚が意外に綺麗なところ、好き。
「あ、財前?」
「なん」
「蜘蛛って冬でもいるっけ?」
「おりますよ」
「困った…」
「?」
「蜘蛛を倒せる人がいない」
蜘蛛の糸
111211 chikura
He becomes a spider fellow.