main | ナノ




「私にはなにもない」



小さく震える肩に胸が苦しくなる。俺はなまえが好きや、そう言った。もう何度も告げて、その都度なまえをこうして泣かせてしまうのだった。他人の良いところを見つけることに長けるなまえ。でも自分の良いところは見つけられなくて、悪いところばかり見つけて劣等感で足の踏み場もないと泣く。かわいそうななまえ。



「俺はなまえを好きや」
「白石くんは優しいから」
「なまえも優しい」



ふるふると頭を左右に振って、俺の言葉を受け入れてはくれない。栗色の髪の間から見えた涙に濡れる目が、いとおしい。とうとう嗚咽が溢れて、ひっくひっくと泣くなまえは幼子みたいやと思いながら、どうやったら泣き止ませられるだろうかと考える。何と言えば彼女の心を解せるだろう。笑ってくれるだろう。



「わっ、…わたし、」
「ゆっくりでええよ」
「ひうっ、な、なんにもっな、ないの」
「なまえは優しい」
「だっ、だめだよ…ひっ」



呼吸が苦しそうだったから、背中をさすってあげようと手を伸ばしかけて、ためらう。なまえは顔を真っ赤にして、しゃくりあげながらひっきりなしにだめを繰り返す。(なまえは駄目やない、よ。)(そない自分を傷つけて追いこまんといて。)(俺はなまえが泣いてると自分も泣きたくなる。)言いたいこと、たくさんある。でも口にした瞬間に、とてつもなく陳腐になって真剣味をなくしてしまいそうで、俺はなまえに口からでまかせを言って即席の慰めではないかと疑われるのが怖いのだ。…なまえや他人が思っているほど、俺は大した人間じゃなく、矮小で臆病な人間だ。



「わ、わたし、しっ白石くんに…、っひっく、好きにな、られるところ、ないっ」
「自分、でも…じぶっん、好きじゃないもの…っ」
「なん、にもっ、もってない、のぉっ」



ついにはうわぁあああん、と大きな声を上げて涙がボロボロと落ちる。ここが、人目につく場所じゃなくて良かったなと思った。俺はなまえのそういうところがうらやましい。素直に泣けるところ、たどたどしくも正直な気持ちを口に出せるところ。俺は泣けんかった。泣けんかったんや。



「俺はなまえの全部が好きや」
「なまえのええところ、たくさん知っとるけど、俺が言っても信じてくれんことも知っとる」
「なあ、好きや」
「何も持っとらんなら、それでええよ」
「俺も持っとらん」
「なまえ、俺を見てや」
「いつか、俺を受け入れて」



ああ、何とも格好つかない。
声は情けないくらいに震えていたし、心臓がぎゅうっとなって、苦しくて、瞼の裏側が焼けるように熱くて、涙がこみ上げた。わかって。君が好きだって、どうか受け入れてはくれないか。泣かせてしまうとわかっていてもそれでも俺は君が好きや。伝えずにはいられない。我が儘でごめん。泣かせてごめん。好きや。好きなんよ。涙混じりに訴える。感情を押しつけたって彼女を困らせてしまうだけなのに、堰を切ったように溢れて止まない。涙も止まらなかった。君を好きで、こんなにも苦しい。



「泣かないで、白石くん」



ゆっくり背を撫でる小さな手。
誰よりも優しい君が好きだ。



111206 chikura
きみがすきでくるしい





×