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冬の海には俺と君しかいなかった。落ちていく夕陽の赤を二人でぼんやりと眺めていた。俺がノスタルジーに酔っていた間に君は隣にいなかった。しょっぱい潮風に渋い赤のマフラーをなびかせて、俺に背を向けて、俺から離れて、どこに行くの。白い砂地に足あとがひとつ、ふたつ。君は陽にさらされてあちこちが丸くなった水色のガラスをつまみ、それをポケットにつっこんだ。足あとが増えるたび、じゃらじゃらとガラスと貝殻の擦れる音が静かな海辺に響く。それを集めて何か意味があるのか。君のポケットにはたくさんの綺麗な貝殻がつまっているのか。俺のポケットには、何もない。開いた掌にあるのは無数に刻まれた皺だけ。
「瓶に詰めるの」
「飾るのよ」
「きっと、すごく綺麗」
君がつまんだ小さな珊瑚が一瞬、骨に見えて心臓が跳ねる。それはガラスたちとは違う扱いで、ポケットに入らずに掌に集められていた。珊瑚は貝殻やガラスよりも固くはない。同じようにしてポケットに入れてしまうと粉々になってしまうだろう。掌の珊瑚を君は大事に、大事に、慈しみさえしているように集めていた。羨ましい。俺も君の小さな掌にすくわれたい。ブルーベリージャムの空き瓶に詰められてしまいたい。綺麗だと囁かれたい。君といられるなら珊瑚の死骸と成り代わりたい。
「綺麗よ」
111201 chikura
ガラス越しで構わない