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「今すぐ来て」



あいかわらず抑揚のないトーンで俺を呼ぶ彼女。たまには泣いてすがればええんに。呟くとすぐに泣いてすがる相手は他にいるのだと言った彼女の、電気信号化されたそれが強がりだってことを俺は知っている。


イルミネーションで彩られた夜の街では幸せそうに寄り添う男女が目立つ。少しだけいたたまれない気持ちで一人横切る。たくさんの人間と、男と、女が、ここには存在しているのに、どうして彼女は幸せになれないのだろう。顔も体も、性格だって悪くはない。贔屓目かもしれんが可愛いと思う。ただ、男運っちゅうもんがない。毎回毎回可哀想なくらいに。幸せになれない女。今日も捨てられて、去った男を想い涙する女を、どうして俺は、



「寒いのう…」



ずれ落ちたマフラーを肩に再びかけ直し、とっくの昔に出ている答を頭の中で反芻するのをやめた。




◇◆◇




「ヤるの?」



なんて空気の読めない女じゃ。彼女の黒カーデのボタンを外す手を止める。この状況下で答えはイエスに決まっとるじゃろ。と軽々しく言える雰囲気でもなく、ただ口を結んで視線が絡み合う。俺を見上げる目にどうしようもなく欲情しとる事実。



「嫌か?」
「あのさ」
「何じゃ」
「ヤったら雅治の負けだよ」
「何が」
「なんとなく」



一体何の勝ち負けなのかわからないまま、俺と彼女は今日まで体を重ねていない。本当じゃ。こうなったら意地でもヤらんと思っている。別に手が出せないというわけではない。…たぶん。

インターホンを押すと、中から彼女の足音が聞こえた。少し間があいて、扉が開く。泣き腫らした目が痛々しい。



「久しぶり、じゃな」
「…うん。入って」



暖房の利いた部屋はありがたいが、うっすらと男女の匂いがする。上着をソファにかけると、キッチンにいる彼女がコーヒーを淹れようとマグカップに伸ばしていた。その手を制して座っているよう、うながす。久々とは言えど、何度も通ったこの部屋はまるで自分の部屋のように知り尽くしている。やかんを火にかけると、それまで俺の横でぼーっとつっ立っていた彼女が俺の手を握った。温かい手に、安物のリングが冷たい。



「もう冬じゃ」
「…うん」



何があったのかはわかっている。男に捨てられたときに彼女は俺を呼ぶのだ。普段、花の咲くような笑顔を見せる彼女はそこにいない。いるのは寂しいと、悲しいと泣く彼女だけ。俺だけが知っている彼女の弱い姿。俺はただ隣にいて、彼女の心が落ち着くまでそばにいてやる。学生を卒業して、こんな形でも連絡をとっているのは俺だけ。必要とされている。それが嬉しいから見返りを求めるだとか、そんなことは考えなくなった。彼女が男に捨てられ続けている限り、俺は必要とされている。今回はなかなか電話が来んから不安に思っとったが、の。



「他に好きな人がいるんだって」
「…男が、か?」
「うん」



別れてくれって、手切れ金。くれたのよ。
しがみつく彼女の背をゆっくり撫でながら、リビングの床に散らばる紙切れを見た。いくらほどあるのだろうか。結構な大金に見えた。こんな方法で別れ、彼女を傷つけた男。そんなやつのどこが良かったんじゃ。ろくでもない。



「……いる?」
「いらん」



紙幣を集め、横に落ちていた封筒に詰める。それを彼女に握らせた。



「お前が使いんしゃい」
「やだ。見たくもない」
「……」



無言でごみ箱に投げ入れる。信じられないといった表情で見つめる彼女に笑顔を見せると、複雑な感情の入り雑じった顔をした。
見たくもないとお前が言ったから捨てた。俺がぽんと捨てられる額じゃないけど、俺にだってプライドくらいある。好きな女が好きだった男の金を平気な顔してもらえるわけない。お前はわかってるのか、わからないふりをしているのか。



「ごめんね」



謝るな。混乱する。

お前が来いと言えばすぐにでも行く。寂しいんじゃろ?そばにいてやるき。強がらんで泣きんしゃい。弱いお前も好きじゃ。利用するなら最後まで利用してくれ。たとえ俺が空になったとしてもそれでいい。愛してくれなくていい、愛させてくれ。


今日も彼女からの電話を待つ



111123 chikura








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