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ノートの紙の一枚が、風に ひらり と捲れるみたいに、腕の皮膚が ひらり と剥がれて舞う。剥離。それは俺にしか見えない不思議な現象だった。





俺が殺された





ひっ、

もし今が授業中のしんと静まった場所でなければ、もし俺が感情起伏に乏しくなければ、そんな声を上げていたかもしれない。
白く薄い膜のようなものが浮いたのを空中に見たのだ。よくある目の錯覚かもしれない。深く気には留めなかった。でも俺は見てしまった。視界の隅に、自分の腕から剥がれる白いもの。傷みもなければ音もなく、ただそうっと剥がれていくだけの、一ミリにも満たないであろう皮膚ははらりとその場を舞って、床に落ちるかと思えばずっと宙を舞っていた。ひらひら。俺以外の誰にもそれを見ることはできないようで、これといって不都合もなかったし、これまた不思議とその現象を気味悪く思わなかった。恐るべき早さで、それに順応してしまったのかもしれない。

剥がれるそれは日に日に多くなっていた。増えるにつれて、外界の音が聞こえにくくなっていた。これは音を吸い込むらしい。舞う白に、遠くなる音。静かな空間は嫌いやない。むしろ、惹かれていた。ずっとこのままでもええかもしれん、

と思うほどに。
























ところが剥がれる回数が異常に、急激に増してきた。俺にしか見えないそれが視界にいっぱい舞って、もう前が見えない。まるで羽毛布団の中を泳いでいるみたいだ。そして、こんなにも剥がれているというのに、相変わらず俺の体は何も感じなかった。露出した部分にとどまらず、衣服に隠れた部分も剥がれているのがわかる。少しだけ体を揺らすと、ばさあっと、またそれが舞った。白、白、しろく、舞って、何も見えない。何も聞こえない。ここはどこや?今、何時や?


俺の視界を、埋め尽くす、これは何や。



「助けてって言いなよ」



声。誰やろ、聞き覚えがあるようで、ないような女の声。姿は見えない。



「言ったら助けてあげるよ」
「お前これが何か知っとるん」
「知らないけど、知ってるの」
「からかっとるんか」
「それが何かは知らないけどね、そのままにしてたら君が死ぬってことは知ってるの」
「な」
「それに殺されるよ、」



ざいぜん、ひかるくん?
女は笑い声を微かに滲ませた。何を言っとるんや。俺は何もおかしない。これは痛くない。腕も、見えんけど、痛くないんや。きっとあるに決まっとる。そう言えないのは何でや。じわじわと指先が冷えていく。死ぬ?殺されるんか、俺は。



「手を出しなよ」
「は」
「両手を まっすぐ 出して」



出せるわけないやん。両手がどこにあるかすらわからん、…のに…?…あれ、俺の腕はどこや?



「前ならえ」



キリッとした体育教官のような号令に、条件反射で、ないはずの両手を前にまっすぐ出す。白の中に肌色が見えた。俺の両手、あったんやな。ほっと安心した瞬間、はっきりと二本の腕が俺に伸びた。俺よりも白く細い二本の腕が力強く、俺を引っ張って、ずずずと上へ引きずる。その腕からは何も剥がれていなかった。温かかった。
ああ、俺は……。

























「財前!!!」



ぱちりと目を開けると、先輩らが俺の顔を目をいっぱいに開いて覗きこんでいた。…どこや、ここ…。声が出らん。息苦しさを感じて、自分の口元がプラスチックのマスクで覆われていることに気づいた。病院…?ひっぐひっぐと嗚咽混じりの謙也さんの声を他人事に聞きながら、両腕に巻かれた包帯を見つめる。少しずれた白の下、うっすらと赤の指のあとをつけて肌色をしている。



「ほんま…お前はっアホや!!」



死ねなかった。でも確かに、死んだ。俺が、俺を殺した。
女の言葉が思い出される。



「…さん」
「財前…」
「…た、…すけて」



顔を涙でぐしゃぐしゃにして、謙也さんは「遅いわ、…ボケ」と笑って、また泣いた。こぼれた涙の熱さを感じて、生まれ変われたような、そんな気分になった。



111027 chikura








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