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「私のことが好きなのね」
彼女は、笑った。
俺は唖然とした。
開いた口が塞がらない。みっともなく開く俺の口を誰か閉じてくれ。鼓膜を揺らす悲鳴は誰のものだ。ここには俺と彼女以外誰もいないはずなのに。
「うわあぁああああ」
悲鳴の発信源は俺だった。
血を吐いて倒れた。ちょっとや、そっとじゃない、素人の俺でも あ、こいつ死んだな ってわかるくらい大量に血を撒き散らした彼女は大きな真ん丸の目をかっぴらいて俺を見つめている。やめてくれ。そんな目で俺を責めるのはやめてくれ。お前が悪い。中途半端に開いた薄い唇から一筋血が流れて血の池と混じる。赤と赤が繋がって、何かを言わんとばかりに唇が微かに動いたような気がして悲鳴はかすれ声に変わって、息づかいが混じる。
「ねえ、ねえ」
うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!
しゃべらないはずの彼女の声が聞こえる。
笑ってる。
うるさい黙れ…死人のくせに!!!!
…アンタが殺したんじゃない。
違う!俺じゃ…
アンタよ、アンタが私を殺したのよ。
違う!俺は何もしとらん!
アンタ私が好きなのね
ぽっかりと虚ろな目が笑ってる。未だ流れる血には透明な液も混じり始めていた。ふと両手を見ると、絵の具で塗りつぶしたかのように、ペンキに突っ込んだかのように、真っ赤だった。彼女の真っ赤な血で染まっているではないか。ばっと制服のズボンに両手を擦り付ける。俺じゃない。俺じゃない。俺は殺してない。
「でも私はアンタが嫌い」
カッと身体中の血液が沸騰する感覚。
ぐちゃぐちゃと肉と血の飛び散る音に耳が犯されていく。両手も顔も、まだ温かいそれらが飛沫となり染まっていく。ぐちゃ、ぐちゃ、グロテスクな光景にどこか興奮している自分がいる。
カラン。
手から滑った凶器にもう興味はない。
「私は美味しい?」
「おはよ、財前」
「……はよ」
俺が夢の中で彼女を殺したあとで死んだお前を食べながら興奮していたんだと言ったら、
「なあ」
「ん?」
「今日お前ん家行ってええ?」
「いいよ」
夢の中のお前はとても艶かしかった。
そして紛れもなく俺だけのもんやった。
「俺が好き?」
「好きだよ」
嘘つきなお前を食べてしまおうか
111114 chikura