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転職しようかなー。今の仕事に嫌気がさしまして、もうね、ぶっちゃけやってらんないんですよ。普通に忙しいし、部下はアホと自己中とアホしかいないし、家業継いだっつったって俺が継いだのマフィアのボスって何やねん!俺はただ普通に、できれば可愛い嫁をもらって、平和に暮らしたかった。毎朝満員電車に揺られて、平日働いて休日は一人息子とキャッチボールするような平々凡々に生きたかった。そうだ俺は公務員になりたかったんだよぉおおお!!



「…はあ」



心の中でひとしきり叫んだ。目の前には山積みの書類とコーヒー。カップの内側にはコーヒーの線が薄く残って、時間の経過を物語っている。つーかいい加減コーヒー下げろよ。どんだけカフェイン摂取したって眠いもんは眠い。かれこれ2日くらい寝てない気がする。これはそろそろ脳内麻薬出るんじゃないだろうか。



「沢田ボスー暇っすかー?」
「暇なように見える?」
「んー脳内麻薬出てそうな顔してますねー」



ろくに敬語も使えない部下が身内もびっくりのフレンドリーさで登場。何なの。お前俺の部下だろ。前から思ってたけどその態度はどうかと思うよ。俺お前の上司なんだけど。お前の組織のボスなんだけど。脳内でつっこみは追いついているのだが、口に出すほどの元気はない。お願いだから帰ってくれ、とテレパシーを飛ばすのみである。…俺やっぱちょっと疲れすぎたかもしんない。テレパシーって。ねえよ。



「これ、あげます」



掲げた紙袋にはあの有名なケーキ屋のロゴが刻まれている。



「何これ」
「ケーキっすよ」
「いらない」
「えっ、えぇええ!?」



何でっすか!これまじ2時間並んだっすよ?!客をちぎっては投げちぎっては投げでようやく手に入れた限定の!ボスぅう!!とうるさく騒ぐ声をシャットアウトしたつもりで無視。次の瞬間、耳の穴にダイレクトで声が響いた。



「ボスぅううう!!!」
「聞こえてるよ!」
「シカトとかいけないんすよ」
「耳元で大声出すのもどうかと思う」
「鼓膜大丈夫っすか」
「うん。帰って」
「ケーキ食べますか」
「いらない。帰って」
「……怒ってんすか」



怒ってんすよ。あ、敬語うつった。無言の空間に俺のペンを走らせる音だけが響く。ちらりと視線をやると、飼い主に叱られた犬みたいな顔してた。この表現はあながち、間違ってもない。



「敵ファミリーからケーキもらったろ」
「美味かったっす」
「そこに殺されかけたのは、どこのマヌケ?」



贈り物をして殺意を隠すというのは古いやり方だと思って、半分信じていなかった。でも実際には、あり得ることなのだ。ガトーショコラに秘められた殺意。目の前のこいつは幸いにも生きているけど、ズタボロで全治4ヶ月。それでもほんとにたまたま運が良かっただけで、俺が助けに行かなかったら…良からぬ想像が頭をよぎる。



「沢田ボス。はいあーん」
「おっまっえっ!!人の話きいてる?ねえ今俺怒ってんの!」
「あーん」
「うぶぶっ」



口にケーキを突っ込まれ、うっすらと紫の痣を引っ提げた彼女の唇がそれを押しこんだ。カランカラン、と松葉杖が落ちて、倒れこんできた体を受け止める。消毒液のつんとした香りが鼻孔をさした。



「生きてたから良くないっすか?」
「…馬鹿じゃない」
「それにおあいこっすよ」
「何が」

「私もこれ、贈ったんです。敵ファミリーに」



赤い舌が口元の生クリームをぺろりと舐めとる。色んな気持ちと言いたいことがごちゃ混ぜになって口を開いたら、またケーキを押し込まれた。



「ボス、誕生日おめでとう」
「……」
「褒めてください」
「何で」
「私頑張ったのにー!」



ああもう、馬鹿な子ほどなんとやら。





111018 chikura
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実は誕生日の一週間前に書いてました






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