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「…ひかる?ひかり?」
「ひかる」
へえ、ひかる。ひかる。先輩が俺の名前をどうでもよさげに繰り返す。キーンコーンと始まりを告げるチャイムを気にする様子はなく、音の余韻に重なって、また先輩はつぶやいた。
「ひかる」
こっちにおいでよ、と手招きをする。ぶらぶら、ぶらぶら。白く艶のある二本の脚は宙を蹴っているようにも見えた。こっち、てどっちや。(俺から見て)フェンスの向こう側か、それともこちら側か。動かない俺に挑発的な笑みを向け、脚を止める。チラチラ目に入る白。片方だけが上履きを履いていた。
「ひかるってさあ、」
「……何すか」
無表情。の後に取り繕ったような笑顔。
目が笑っとらん。っちゅーか、どないして屋上の鍵開けたんやろ。フェンスの網を上にたどると、俺の背よりはるかに高い。まさか先輩、よじのぼって行ったんやろか?…まさか。それより俺は先輩をこっちに引き寄せなあかんのに、できなかった。呼び止めても無理な気がした。先輩に俺の言葉は届かない。きっと、誰の言葉も届かないのだ。あの人…向こう側に行ってしまった謙也さん以外には。先輩、「ひかるってさあ」の続きは?俺が何や?
「光って名前、似合わないね」
宙に飛び込んだ先輩の体が、陽に光って眩しかった。キラキラ眩しい金の髪に溢れんばかりの笑顔を絶やさない謙也さんのが、そりゃ、似合っとるでしょうよ。皮肉じゃなくて。光なんて、俺には真逆のもんですわ。だから俺はこっちにいるんです。
でも謙也さんと先輩は向こう側。
111011 chikura