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たいして好きでもない男と付き合うのは、私にとってはそう珍しいことでもない。財前光は私よりいくつか年下の、やたらと低血圧そうなテンションの低い関西弁の男で、最初から私に好意を持っていることは明らかだった。だから私も誘いに乗った。何回か彼と二人で出かけて、お互いを少し知って、地元で有名な花火大会を見に行った帰りに告白されたのだ。光の低いテンションとだるそうな空気は居心地が良かったから、付き合うことにした。



「金魚が死んだ」
「さよか」



告白された日の縁日でもらった金魚は、今までずっと光が世話を焼いていた甲斐あってか、元気に水を泳ぎまくっていた。でも今は、丸い金魚鉢の水面にぷかぷか浮いて、その濁った目を私に向けている。少し肩を落とした光は、金魚の供養を始めようとしていた。古新聞に横たわる、動かない金魚。



「食べちゃおうか」
「…これを?金魚は食われへんやろ」
「カラカラの素揚げにしたら美味しいかもよ」
「……」



少し考えるようにして、光は金魚を見つめる。私はというと、天ぷら鍋に新しい油をトクトクと注いでいた。



「私、金魚食べたことないや」
「俺もや」



あれは、あの金魚は私たちのペットだったのだろうか。慈しみもしなかったけれど、私の部屋で、私たちと空間を共にしていたペットだったのだろうか。名前はつけなかった。二匹いたけど、オスかメスかすら知らない。赤いのと黒いの。品種名も知らないやつらは、いつもゆらゆらと水の中を泳いでいて、上から餌をやると二人仲良くつっつき合っていた。光には餌のやりすぎだと怒られた。こいつ絶対子育てに口出してくるな、と思った。昨日の事だった。



「夢を見たの」
「ゆめ」
「うん。寝ると見るやつ」
「ああ。どないな夢見たん」



要約すると、不思議な夢だった。悪いとも良いとも、特にオチがあるわけでもない夢。

私と光が金魚になってんの。私が赤で、光が黒。金魚だからもちろん喋れなくて、でも何となく意思の疎通は出来てるのね。ずっとずーっと何もない水の中を泳いでて、たまに上から餌が降ってきて、それがまた糞不味くてさあ。金魚に味覚なんかあるのか知らないけどめっちゃ不味いのね。飼い主っていうのかな?餌をくれてる人に、ふざけんなって言いたくなったよね。

で、死ぬの。いきなり。私と光が同時に。でも意識はあるんだ。死んでるけど意識はあって、でもやっぱり体は動かないの。そしたら私はまた何かの中に入ってって、水よりあったかいとこを泳いでるの。でね、



「飼い主の受精卵になって、おしまい」
「めちゃくちゃやな」
「夢だからね」



光はたぶん私を好きではないんだろうと、付き合ってから薄々思ってた。好きなふりをしてたのかも。私と同じように。好きっていう激しい感情じゃなくて、同族意識で付き合ってるのかもしれない。いや、群れ合ってるの間違い?
私は光と生きていかなきゃいけない気がするんだよね、何となく。一緒にいないと死ぬの。これが光がいないと寂しくて生きていけなあい、とか甘い理由だったらいいんだけど、そんなわけない。光と私は片割れ同士なんだと思うよ。片割れと片割れはぴったり一つになれる相手を見つけられた。だからもう、離れちゃいけないんだって。金魚を見てて思ったの。光もたぶん同じような事を思ったでしょ?



「金魚、食べようか」
「そやな」



あの夢みたいになればいい。私たちの子供に生まれてきなよ。今度はちゃんとした名前と美味しいご飯をあげるから。
カラカラの金魚を、同時に口に入れて咀嚼する。これから、光と生でセックスをする予定だ。






金魚鉢ベイビー






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110925 chikura
五万打御礼


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