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ねえ、私のことどれくらい好き?
というオーソドックスでまさしく恋の駆け引き、面倒でうざったい愛を確認して俺を試す質問も、先輩の口からだと何故か愛しい。その体を抱き寄せて、唇のリップが香るいちごみるくのそれに先輩が喜ぶようなベタベタの答えを、軽いキスをあげる。おままごとみたいな恋愛。甘い雰囲気に脳が溶けそうだ。いや先輩に溶けそうや。…甘ったるい思考も先輩になら悪くない。
「ニヤニヤしてる」
「は」
「嬉しいことでもあったん?」
急に現実に引き戻された。当の先輩はふふっと笑い、ボトルを差し出す。氷がゴロゴロ入ったボトルは冷たく、掠める程度に触れた先輩の肌は対称的にあたたかい。無意識にニヤニヤしとったんか。両腕で抱えられたボトルは部長たちに渡すスポーツドリンク、それを何本か持ってやると先輩はありがとうと微笑んでくれた。俺の親切は先輩にしか向かないのだと言う部長の冷やかしはスルーした。
「なまえ、財前がニヤニヤしとったってようわかるな」
「……謙也さん盗み聞きっすか?趣味悪」
「お前らが目の前で話したんやろ!」
「あ、謙也さんおったんですか。はよっす」
「なにそれイジメ?!さっきまでダブルスしとったやんか!」
「ちょ近寄らんとってください。童貞がうつる」
「財前んんん!!!」
謙也さん自体は嫌いやないけど、正直先輩と仲良くしすぎなんは少し妬ける。まあ、俺と謙也さんが仲悪いと先輩が責任感じて悩むから毛ほども態度に出さんようにしとる。余裕ないって思われんのも男として情けないし。だから、これぐらいのいじりはありだと思いますけどね。
「光、謙也をいじめない」
おもんない。
「財前どこ行くん?」
「ちょっと水かぶってきますわ」
「え、水道あっち……おーい!休憩は15分やでー!」
部長に向けて後ろ手をひらひらとふる。謙也さんと先輩の笑い声が耳についた。
♂♀
「15分たってますケドー」
ぶちっと、今まで俺の耳に入っていたイヤホンが抜ける。俺カッコ悪いわー、なんやかんや言うてちゃっかり嫉妬しとるやんか。めっさちっさい男やん情けなー…と感傷に浸っていたので、せっかく迎えに来てくれた先輩と顔を合わせる気になれなくて背を向ける。ごろん。ガキが拗ねとるみたいや。先輩がよいしょ、とババくさい声を発して俺の腹にダイブした。思わぬ行動に咳き込む。い、今の入った…!
「……」
「げほっげほ、…先輩俺の肋骨折れたらどないしてくれはるんですか」
「……」
上からは先輩の丸い頭しか見えなくて、耳を押し付けられているものだから、先輩には俺の心臓の音が筒抜けになっているだろう。気恥ずかしい。
「私に言いたいこと、あるやろ」
心臓が早くなる。先輩が俺に跨がって顔を近づけていたから。どくん、どくん、
「…ねえ、光。」
唇の動きがやけに艶かしくて、官能的で、視線を少し落とすと重力に従って下がるTシャツから先輩の肌がちらりと覗く。汗ばんだ体と先輩の匂いと、…これあかんわ!
「聞いとるんひかっ!」
形勢逆転、というのも別に先輩も俺もマウントポジションの取り合いがしたかったわけではないが。でも俺としては下から先輩を見上げるより、断然上から先輩の慌てる顔を見下ろす方が好き。俺は先輩が好き。好きなんや。せやから、
「誰にも渡さん」
「……え、」
「俺だけ見とって」
下の先輩はたちまち茹で蛸のような顔色をして、嬉しい、と俺に抱きついた。え、…言って良かったんや。……何や。今までの葛藤が馬鹿らしくて笑えてくる。先輩が真っ赤の唇を俺のそれに押しあてて、ぺろっと舐めた。
「光も私だけ見とってね」
参りました。
110919 chikura