main | ナノ



例えるなら幻想。先輩が笑うと優しさに満たされた。風鈴の音のような涼しげな声がつむぐ言葉は透き通っていて、先輩は俺より歳上なのにおおよそ汚れというものを知らないように思える。先輩だけが特別で、俺はどこにいても先輩を見つけられた。愛しいという感情は、生涯、先輩にしか動かないのではと思うほどに彼女に焦がれて止まない。本当にどれだけ想い焦がれても、果てがない。



「先輩」
「どうしたの財前」



それはこっちの台詞。
水滴の粒を毛先に滴らせ、その瞳を濡らすのは蛇口から溢れる水かはたまた涙か。擦りすぎた瞼の赤さが痛々しい。ハンカチ、いやタオルでもあればとポケットに触れると中には何もなく、先輩は俺の行動を悟ったのか「ありがと」と苦く笑った。かっこつかへん。



「すっきりした」
「そうですか」
「…うん」
「……」
「ごめっ、…ちょっとは、っ悲しい、かな」



そのキレイな涙が俺のものだったらいいのに。先輩を泣かせるんも、笑かすのも、…どうして先輩は謙也さんを好きなままなんやろ。俺のこと好きになったらええんに。そしたら俺だってこんな辛い思いせんでええ。
ぼろぼろと零れる涙を先輩は拭いもせず、空に白い線を描く飛行機を追う。先輩の元を離れた今も、謙也さんは先輩の心にずっといて、そこに俺の入る隙はない。頭上を飛ぶ飛行機に謙也さんはいないのに、まるで俺と先輩を見ているかのように煩く轟音を響かせている。



「先輩、好き」
「俺を好きになって」



ああ、届かない。



「財前、今何て言ったの?」
「…何でもないっすよ」



掻き消された声は届かない。今は、まだ。




110829 chikura






×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -