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自分を好きになってくれる人を好きになれば一番楽だと思う。好きになってくれる可能性が少ない人にどうにかして好かれ、かつ恋愛に発展させようと奮闘するのは時間の無駄だとなるべく早く諦めた方が良い。友達がするような例えば何かを犠牲にしたり、メールの一通に一喜一憂したり、心を乱すような全力の恋愛は到底出来ないだろう。弱冠15歳で私は悟ったのである。みたいなことをぽつりぽつり世間話を交えながら財前に話してみた。なぜなら暇だったから。ビコーズ会話のネタなかったから。別に肯定も共感も期待してないけど、その反応はあんまりじゃないですかね財前くんや。



「何憐れみの目で見とんねん」
「先輩枯れてはりますわ」



ズゴゴゴ、と下品にバナナ牛乳の紙パックをすする財前は眉を八の字に下げる。その憐憫極まりないといった視線はこの前謙也に向けられていたものと同じであった。とても普段お世話になっている先輩に向けるものとは思えない。失礼なやつ。てか枯れてへんし。悟っとるだけやし。いちご牛乳をすするとパックはべこりとへこんでストローが唇に吸い付いた。嫌な気分になった。またもや沈黙が漂うが財前との沈黙は苦痛ではないので構わない。



「あ、財前の彼女」



柔らかく栗色の長い髪をなびかせ、花が綻ぶような笑みを浮かべるその人は美少女という称号がふさわしい。名前は知らない。財前の彼女。白石と仲良く談笑している二人を窓越しに見つめる財前の表情は変わらず無表情で、その顔から感情は読めなかった。このポーカーフェイスな財前も年頃の男子らしい嫉妬とか独占欲を抱くのだろうか。無意味に紙パックをへこませたり膨らませたりしていると財前の彼女と目が合って、思わずぺこりと頭を下げる。当の財前はというと、カーテンに巻きついてみのむし状態になっていた。何してんねん。みのむしは喋らない。カーテンに隠れきれていない足元に空っぽの紙パックが転がっただけ。あーあーあー、仕方ないなと紙パックを拾うのにしゃがむと辺りは薄暗くなり財前が私を見下ろしていた。かち合った目は揺れて私を映す。



「先輩」



可愛い後輩の腕を、いや見たこともない顔をした男の腕を拒むことはできなかった。拒む気すら失ってしまった。だって、まるで捨てられた猫のような顔して私を見てたんだもん。私は猫も弱い後輩も財前も拒めないもの。ぶわあっと何かが溢れてしまい零れていくのがわかった。寂しいなら寂しいって彼女に伝えなよ。俺以外の男と話すなって言いなよ財前。白石を睨んで俺の女に手出すな、ってありきたりな少女漫画のやたらキラキラした男キャラが言うようなセリフ吐いて彼女を連れ去ってしまえよ財前。同じ女ではあるけど私じゃ彼女の代わりにはなれないよ。アンタが今感じている温もりは3分でできるラーメンみたいな即物で、温もりを与えて冷たさだけを抱え捨てられるなんてわかりきった結末に涙が出る。嘘だけど。泣かないけど。ここまで冷静に考えられるのに財前の腕を拒もうとはしない自分に吐き気がする。馬鹿野郎。誰に言ってんのかわからないけれど叫びたいよ馬鹿野郎。突き放してしまえばいい。そんで「アホらし」って言って笑えよ。早く、早くこの腕をほどいて、拒め。



「先輩は誰も好きにならへんねやろ」



私がいつ誰も好きにならへんって言うた。財前は私の話をちゃんと聞いていなかったらしい。いつも適当な態度やもんな。私も財前の話半分くらいしか聞いてへんからおあいこか。未だ息のかかる距離は遠くならず、瞳は揺れる。財前がそう思うんならええよ。私は誰も好きにならん。そしたら財前は安心するんやろ?私に手出しても後腐れない思うとるんやろ?私が全く恋愛感情持たないんやったらええなって思うとるん?アホちゃう?アホやん。まだまだ子供やな。女の言うこと鵜呑みにしたらアカンよ。女は平気で笑うてエグい嘘つくんやで。財前の彼女が財前に好きだと言うように。気づいてほしいような、でもきっと今以上に財前は傷つくんだろう。それはちょっと嫌やと思った。



「なあ嫌やったら言うてや」
「甘えてさして」
「先輩」



窓の向こうでは白石と財前の彼女が絵になるキスシーンを繰り広げていて頭を抱えたくなった。目の前にいる男をこれ以上可哀想な男にするのは耐えられない、私は再びカーテンに消える。同情がいつか違うものになるだろうと思うとひどく胸が軋んで泣きたくなる。胸の痛みと伴ってじわりじわり、穴を拡げる虚無感をどうやって埋めていこうか。下腹部に顔を埋め震える彼が与えてくれるものを、奪ってくれるものを持て余してしまう悲しさが私を腐らせていくのだ。






110813 chikura


浮気に提出。




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