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「デートディーブイって知っとる?」



びっしょり汗をかいたスーパーカップを片手に彼、白石蔵ノ介は表情こそ変わらねど口調は私を責めるように尋ねた。先日からクーラーの設定温度を27℃に定められた教室は生ぬるく、少し下敷きで扇いだだけでも汗がじんわりと滲む。そんな教室の中にいるものだから、蔵ノ介の手にあるスーパーカップはもはやただのバニラシェイクであるといっても過言ではない。ていうかバニラシェイクだ。それを木のスプーンでちまちま掬ってなめている姿を再三見て、暑さと相まってイライラしている私の手にあったのはスーパーカップ、いやチョコシェイクである。



「チョコ飽きたー」
「ドメスティックバイオレンスの恋人バージョンやって」
「やっぱガリガリ君にしとけばよかったな」
「ディーブイの意味わかる?」



会話が噛み合わないのはわざとだ。噛み合わないのではなく噛み合わせていない。この手の話はしたくなかった私なりの、無理やりではあるが一生懸命はぐらかしているのだと気付いてほしい。だが、関わらず私にディーブイの話を持ってくるところを見れば、蔵ノ介も譲る気はないのだろう。勘弁してほしい。こんなときに何故謙也はお昼の放送担当なんだ。スピーカーからは2倍速でリクエスト曲が流れていて、また苦情が来るのではとチョコシェイクをぐるぐる掻き回しながら蔵ノ介の痛いくらいに刺さる視線を無視する。



「こんなこと言いたないんやけどな」



だったら言うなとは言えずに小さく泡が生まれ始めたチョコシェイクをぐるぐる掻き回し続ける。次に蔵ノ介の言う言葉は予測できていて、それはたぶん正論だけど私は首を横にふるだろう。正論であり一般論できっと誰しもが私に言うんだ。でも私の答えはやっぱり同じなんだよ蔵ノ介。



「財前は止めとき」



ほら、正論。蔵ノ介の包帯を巻いた腕が机の下で太もものガーゼを圧迫するものだから視線を無視できずに、言葉を真っ正面から受けてしまった。太ももの傷がじわりと痛む。



「痛いから」
「痛いんは俺のせいか?」



違う。違うけど蔵ノ介のせいでもなく、これは私と財前の話で、だけど財前のせいでもなくて、いやでも蔵ノ介から見たら財前のせいで、確かに財前は痛い原因をつくっているけど、私は誰のせいだとも言えなくて言葉につまる。太ももにあった手は緩んで私の痣だらけになった腕にぬるい体温が絡みついてきて、私はそっと拒んだ。



「こうして縛ってないと不安なんだって」
「私も財前もダメなやつだよね」
「財前を嫌わないでね」



最後の言葉は杞憂だと思ったが言わずにはいられなかった。蔵ノ介は財前に正論を言わないだろう。言えないだろう。もし私がちゃんとした精神で財前を愛せたなら、もし財前が歪んだ愛を知らなかったら、どちらも机上の空論であることには変わりないが。蔵ノ介は私と財前を見ていてもどかしくなるのだと、らしくない舌打ちをして手をしっしっと振って「もうお前らなんか知らん」と笑う。すくわれたような気がした。






舌に穴をあけましょう、
すかすかの愛の言葉が綺麗に逃げてゆけますように。




110807 chikura
thaks 子宮







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