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「別れよ」



と言えば「何で?何かあった?」と手を握られた。「ごめん」するり、離れる、別れる。バイバイ

私のことを好きになるやつは馬鹿もしくはキチガイだと思っていた。私は私のことが大嫌いだったから。好きになるところがどこにあんのかわかんないし、生理的に無理だし、私が男だったら絶対に私を好きになることはない。つーか嫌いになるってくらい自分のことが嫌いだった。当たり前のことだけど、私は私という人間をよく知っているから嫌いである。家族はともかく他人は私の表面しか知らない。当然だ。今まで私は素を出したことなんてないのだから。本当の私など出した日には友達に嫌われ、ひそひそと陰口を叩かれるに違いない。こういう被害妄想が激しいところも大っっっっ嫌いだ。なのに馬鹿は私のことを好きだと言う。好きだと言われることに悪い気はしない。誰かが私のことを好きになってくれると私も少しだけ自分のことを好きになれる気がした?ばっかじゃないの?本当の私は語尾をだらだら伸ばさない。こんな高い声で話さない。絵文字もほとんど使わないし、もっと飯も食うし、肉とか大好物だし、言葉遣いはかなり悪い。つまり馬鹿が好きなのは私ではないのだ。それを知らずに好きだ好きだと言ってくる馬鹿に嫌気がさした。そしていつも続かない。









「あーあ…だりー」
「……人ん家で何つー格好してんだよぃ」



ブン太は本当の私を知る幼なじみ。数少ない男友達。非常に貴重である。ここ重要。家も近いので結構な頻度でブン太の部屋に入り浸ることもしばしば。



「スウェット借りた」
「脱げ」
「やだ」
「帰れ」
「やだ」
「…泊まる気かよ?」
「うん」
「彼氏いるんだろぃ」



別れた、手土産に買ってきたポテチの袋を破くと丸井はため息をついて、またかよ…と呟き、再度ため息。



「いっそのことブン太と付き合うかな」
「……」
「笑うとこなんだけど」
「つーか俺彼女できたから」
「へ」



ぽろっと指からポテチが落ちる。ブン太に彼女ができることなんて、彼の顔や性格や顔からいって別段珍しいことではない。今まで噂でそういった類のものは聞いてきた。そう、噂で。ブン太の口から聞いたのは初めてだった。



「だから泊めんの今日で最後な」



つまりつまりつまり、本気でまじでガチで、好きな人が出来たんだ、ブン太。倒置法、じゃなくて!だってそんな顔で彼女とかガチじゃん。やばい本気かよ。純情かよプラトニックな関係かどうかは知らないけど、
あれ、
私なんでこんな動揺してるわけ?






ブン太の母さんは料理が上手い。おかずはいつも取り合いになり、夕飯はまさに弱肉強食。ちょっとしたサバンナである。しかも今日は私の大好物ハンバーグだったのに。もやもやした気分のまま、箸は進まない。あっという間にハンバーグはなくなってしまった。端っこに追いやられたブロッコリーを咀嚼しながら近い将来に、もしかしたら、もしブン太が彼女とうまくいったら私のポジションは彼女によって奪い取られるかもしれない。そんなことを考えていると胸が押し潰されそうだ。あーあ、あーあ………、あーあ。






「ブン太さあ、」
「んだよ」
「……何でもない」
「あっそ」
「……」
「……」
「…ブン太」



暗い闇に溶ける私の声と彼の寝息。そろそろとベッドから這い出て、彼の枕元に座りこむ。闇で目が見えなくても、記憶を探ればブン太の寝顔はいくらでも思い出せる。笑った顔、怒った顔、泣いた顔、呆れた顔、作り笑いの顔も私の記憶に全部あるけど、私は彼が愛しい人に向ける顔を知らない。きっとこれからもずっと知らない。こういうの、何て言うんだっけ。ああそうだ。因果応報っていうんだ。



「…好き」



まだ若いからこれが最初で最後だなんて思わないけど、私を好きになってくれないだろうかと願わずにはいられない。今まで散々馬鹿だのキチガイだの言ってきたのに、都合が良すぎるな。あーあ、どうしてもっと早く気づかなかったんだろ。


110605 chikura




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