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静かに汗の匂いが残る部室に私と財前が二人で残された。財前は今週の鍵当番で、私は今週の部日誌当番。プラスチックの長椅子を机にして部日誌を書いていたら、財前に押し倒されてゆるゆると首を絞められている。なんてシュールな絵面なんだろう。見上げた彼の表情は変わらず冷静で、一人の呼吸を止めようとしている人間の顔には見えなかった。私はこのまま殺されるのだろうか、この男の気分で、それもいいかもしれないと思ってしまうくらいには財前のことが好きだ。…あ、やっぱり窒息死は嫌かな
「なあ、何話しとったん?」
5W1Hとまでは言わないが、いつのことくらいか教えてほしい。つーか離してくれないと話せない。
無抵抗だった私がいきなり指を掴んだからか、彼は驚いた拍子でさらに私の首を絞めた。一瞬私はイッた。
「…今日の昼、知らん男と話しとったやろ」
嫉妬とは、はたして可愛いものだろうか。
「あれはクラスの人」
「……」
「数学のわかんないとこ教えてもらってた」
「クラスの奴やったら女でもええやん。わざわざ男に聞くん?俺でもええんちゃう?」
頭上でひとまとめにされた腕に固い爪が食いこむ。
「財前は教室にいなかったから」
「俺のせいにするん?違うやろ。アンタが悪いんや」
「…っ」
ぶちぶちと皮膚をつきやぶる音に肌が粟立つ。そのままぐり、と爪が侵食を進めていくのがわかった。
「好きだよ」
傷口に熱い舌があてがわれる。私の血を嚥下した彼は満足気に笑った。歪んでいると思った。彼も、私も。
110504 chikura