落ちた所は幸か不幸か一番偉い人がいそうな庵の前だった。
でも、それより前に違和感を感じた。

前回鬼灯の掘った落とし穴は地獄まで通じていた。
嫌がらせとはいえ現世に落とそうとするとは考えにくい。
それに、周りの風景と空気。
500年前の日本のようだ。
上を見上げても私の降ってきた穴はない。
空は違和感なく佇むばかり。

色々な謎を解くためにも私は庵の前に行き、「すみません」と声をかける。
敬語を使うなんて何百年ぶりだろう。下手したら何千年かもしれない。
しばらく間があってから「入れ」とだけ言われた。
中に居たのは白髪の小柄な翁だった。
この翁、この場所と同じく違和感を感じる。
それにしても……
どうしよう。私はずっと上の立場だったからこういう時普通に入っちゃっていいのか、「失礼します」と一声かけた方がいいのか分からない。
鬼灯にこういうの教えてもらっておけば良かったなぁ。

「どうした。早く入らんか」

散々迷った挙句、一言言ってから入る事にした。
迷うのすら久しぶりだな。随分ドライになっていたようだ。

「で、お主は何者じゃ」
「え?えーっと…」

何者か?神様だ。
なんて人間相手に言っても仕方がない。
そもそもこれ不法侵入ではないか?いや、その法すらないか?
いかんいかん脱線した。
答えられる範囲を答えればいいだろう。

「私は雨箕と言います。訳あってここに迷い込んできました」
「訳、とは?」
「知り合いに嵌められました。あの白豚野郎…」

というか知り合いに嵌められたって聞いて人間はどんな解釈をするのであろう。
思考を覗きたい。
暫らく翁は考える素振りをした後、さも重要な事であるかのようにしっかりとした声で尋ねてきた。

「…お主はここのことを知っておるか?」
「え?そりゃ知って…」

質問の意図がわからず、すぐに返したが…いや、返そうとしたが途中で止まってしまった。

私はほぼ毎日地獄に行って閻魔の裁判を見学している。
それこそ、裁判の始まった日から。
亡者に関する資料も鬼灯と一緒に見ていた。
その資料の中にもちろん住んでいた場所とかそういうのも書かれたりしている。
見るだけの視察だったらどの時代でも日本をぐるりと見てきた。(いまはあの鏡があるから私はもう出かけていないけれど)
そんなんだから日本全国踏破したといっても過言ではない。
だが、


私はこんな場所、知らない。



先程裁判の始まった日から見学していると言ったが、よく考えてみると目の前の翁は見た覚えがない。
これが違和感の正体か。


私は普通(礼儀とかそこらへん除けば)人間に関して知らない事は少ない。
だから、『知らない』という感覚が『違和感』だったのだ。
何万年も生きて今更知らないことが出て来ようとは!
可笑しくなってその場で笑い始めてしまった。

目の前の翁が訝しげな目を向けている。
ああ、そういえば答えてる途中だった。


「クク…私は知りません。ここがどこかも、この世界における『私』の存在理由も」



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