「そろそろ、行こうか。君をあまり拘束するのは申し訳ないしね」

勇者の登場に沸き上がった人々と一通り会話を済ませたセティが声を掛けると、リーンは少し困ったように周りを見渡す。

「あ……はいっ!でも……もう少しだけ、いいですか?」

そう言って伺うように覗き込むリーンに、セティは思わず首を傾げる。

「でも君も、もう休んだ方がいいだろう?」
「いいんです。こんなに喜んで貰えるなんて、思ってなかったから、嬉しくて…、私に構わず、先に戻って下さい」

笑顔でセティに断ると、リーンは人々に向き直り、未だ止まない彼女への称賛にまた一つ一つ丁寧に答えていく。

前線で戦う訳ではないにしても、軍に居るならば誰でも仕事は山のようにあるということは、入ったばかりのセティでも勿論知っている。
疲れている筈なのにその事は微塵も感じさせず、笑顔で話す彼女は本当に嬉しそうで。
その姿を見て自然と頬が緩んでいる自分にセティは気付いた。


――本当に、凄い人なんだな。


暗く沈んでいた筈の人々の顔には明るさが満ちていて、その目には希望の光が宿っている。
自分がどれ程言葉を重ねても成し得無かったことを、この少女は踊るという事でいとも簡単にやってのけた。それはなんて凄い力なのだろう。

勿論自分も例外では無かった。
ずっと胸に厚くかかっていた薄暗い靄のような物が、少しだけ晴れているような気がして。

押し潰されてしまいそうな心に、一筋の光が差し込んだような――そんな気がした。


(――私は、何も出来なかった……)


守れなかった悔しさと、押し寄せる後悔の嵐がセティの胸を押し潰す。
だが彼女がもたらす神々しい程の光に、少しだけ――前に進む勇気をもらえた気がする。

それは目の前で起こった奇跡にも等しい彼女の力。

今のセティには、彼女がとても眩しかった。

人の心に希望という光をもたらすこの少女の事が、もっと知りたい――
そう思うのは、セティにとってとても自然な事だった。


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