俺の後ろを、付いてこればいいんだ――そんな理不尽な思いに囚われる己の小ささに、ほとほと嫌気が差してしまうから。パロムは心の声に耳を貸さないよう首を振って、その思考を完全に頭の中から追い払った。

扉が開いた事にも、全く彼女は気付かない。
壁にもたれかかるパロムの視線も、彼女には無いもののと同じなのだろう。
時折眉間に皺を寄せたり、ぱあっと目を見開いてみたり。本を読みながら感情豊かに動く表情は、さながら百面相のようだ。

くすりとパロムの口から笑みが零れる。
彼が素直に感情を表に出すのは非常に珍しいことだ。

『ミシディア始まって以来の天才』、姉と共にそう評される彼に向くのは、何も羨望の眼差しだけではない。
大概の人間は、少しでも通常の枠を外れた人間を疎み、爪弾きにしたがる。世間とはそういうものだと、パロムは幼い頃の小さな胸で早々に悟った。

弱みを見せたら負けだ。
今までそう信じて疑わなかった。

けれども彼女は何時だって、何の照らいもなく笑顔を向けてくれる。
どんなにはねのけても最後には笑って、やっぱり後ろを着いてくるんだ。

期待を込めた眼差しにも振り向く事の無い彼女に背を向けて、パロムはそっと踵を返した。

こんなに立派なものが必要なのかと首を捻りたくなる分厚い扉を、体一つ分だけ開いて、そしてまた閉める。

今度は、音を立てないように気を付けて――






パロムは廊下を足音を摺り足で歩き、先程よりも幾分か簡素な扉を片手で押し開けた。中は夕飯時を過ぎたせいか、人気が無くがらんとしている。

きっと、彼女は言い付けを守って一切食事を採っていないのだろう。
講堂に隣接されている食堂には修行中の魔導士が集中して勉学に励めるようにと、ポロム達――ある程度の位のある女達が用意した、簡単な食事が用意されている。

彼女も常であればそこで食事を採っている。だが今日彼女の姿を食堂で見たものはいないらしい。
人よりも腹が空く体質なのか、無い頭を使っているから余計に腹が空くのか――理由はいかにせよ、よく食事に出入りしている魔導士を捕まえてそれとなく探ってみたが、答えは思っていた通りのもので、パロムは眉根を寄せ唇を尖らせた。

(素直にも、程があるっての)

そう仕向けたのは自分なのだから、それは理不尽な言い掛かりというものだ。

やれやれと頭を垂れて、パロムは大釜からスープをすくい上げる。
添えてあったお玉と同様に鈍い銀色の質素な容器に、琥珀色の液体が並々と注がれる。恐らく近辺で採ったのであろう葉っぱや茸の類が姿をちらつかせながら、ぷかぷかと有意義にスープの波間を漂っていた。


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