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Diary


レイアンお題2

誰にでもスキだらけ


「アンジェ、危ないよ」

注意の声が響くと同時に、段差に躓きかけたアンジェリークの身体をジェイドが抱き締めるように受け止めた。

ごめんなさい、と呟く彼女の頭を、ジェイドは優しい手つきと微笑みで撫でる。

邸の入り口で二人の帰りを今か今かと待ち侘びていたレインは、その様子を見て心穏やかではいられない。

だが、こんなのはまだいい方だ。
レインがアンジェリークに抱く気持ちを知りながらも――いや知っているからこそだろうか、執拗に彼女に悪戯を重ねる達の悪い人間を、レインは知っている。

「おやおや、困ったマドモアゼルですね」

――ほら、まただ。
ニクスの登場に、レインはは密かに息を吐く。

この邸の主であるニクスは、社会奉仕や慈善事業などを熱心に支援する篤志家だ。
その活動故、周囲の信頼はかなり厚い。

初めて会った時に「うさんくさい」という感想を抱いたレインは、周囲の町で彼に対する聞き込みを行ったが、誰に聞いても彼の人徳を表す答えしか得られなかった。例外として、彼に焦がれるような声もいくつか上がってもいたが。

確かに仲間として尊敬できる人物だと思う。
だが如何せん性格に癖がありすぎると、共に過ごす時間が増えた今、レインは身に染みて実感している。

「貴女が転ばないよう、屋敷を修繕する必要がありますね」
「そ、そんな!大げさです。今度からは、気をつけますから……」
「いいえ。その美しい顔に傷でも付いたら大変です。貴女の可憐な微笑みが見られなくなっては、私の心はもう癒されることが無くなってしまうのですから」
「二……ニクスさんっ!」

真っ赤になるアンジェリークが可愛い。けれど、出来れば自分以外の男の前でそんな顔はして欲しくないと、慣れない独占欲にレインは自分自身で戸惑うのだった。







「なあ、アンジェリーク」
「なあに、レイン?」

カップをソーサーに置く音が、かちゃりとレインの部屋に響く。
特別な用事がある時以外は研究に明け暮れているレインの為に、アンジェリークが差し入れを持ってきてくれたのは、夕食が終わって少しした頃。

彼女の好意を素直にありがたいと感じたレインは、テーブルから書類を退けて茶器を置くスペースを作り出すと、二人だけのお茶の時間を楽しんでいた。
アップルパイとミントティーという、自分の好物を作ってくれた彼女の気持ちがとても嬉しい。

「お前、危機管理能力って知ってるか?」
「勿論知っているけど……どうしたの?レイン、何だか変よ」

いつになく深刻なレインの表情に、訝しげにアンジェリークが覗き込む。
見上げられる形になったレインは微かに頬を染めたが、すぐに思い直して咳払いを一つした。相手のペースに飲まれてはだめだと、自分を責めるように言い聞かせる。

「前から思ってたんだけど、お前隙がありすぎるんじゃないのか?」
「そ、そんなことないわ。戦いの時は、やっぱり迷惑をかけてしまうけれど……出来るだけ、気を付けているつもりよ」
「そういうことじゃない」

的外れな返答に、レインはがっくりと肩を落とした。
と同時に、先程見た光景が鮮明に脳裏に映し出される。

夕食後の片付けをしている時、こともあろうかアンジェリークはヒュウガと至近距離で見つめ合っていた。
それを見たレインは相当のショックを受けたのだけれど、心を決めてアンジェリークに内容を問いただしてみれば、目にゴミが入っていたのをヒュウガが取ってくれていたのだという、何ともあっけない答えが返ってきたのだ。そこで、危機管理という言葉が出てきたという訳で。

「……お前、女だって自覚があるのか?」
「し、失礼ね!あるに決まってるじゃない!」
「だったら」

簡単に肩を抱かれたり、赤くなったりなんてするんじゃない。そうレインは訴えたかった。
ましてや見つめあうなんてもってのほかだと――その上目遣いの殺人的なまでの破壊力を、知らないのは本人だけなのだから。

「だったら、何?」
「そ、それは……」

実際、そんなことを直接言えたなら苦労はしない。
別に自分はまだアンジェリークの恋人でも何でも無いので、そもそも彼女に苦言を呈する資格は無い。ただ、自分が耐えられないという身勝手な理由で葛藤しているだけなのだ。

「……レイン?」

続きを促すエメラルドの瞳に、レインは言葉を返すことが出来ない。
日頃冷静なレインが押し黙る様子をどう受け取ったのか、アンジェリークは一人思案するように眉根を寄せると、やがて顔を綻ばせた。驚いたのはレインだ。

「レイン、ありがとう」
「はっ?何だよ急に」
「ええと、まだよく分からないけれど……レインはきっと私のことを思って、注意してくれたんでしょう?レインの言う事が間違っていたことなんてないもの」

真っ直ぐに自分を信じてくれる少女が、愛しくてたまらない。
本音を言えばもう少し警戒心があってもいい気もするが、その純真さが彼女の魅力だ。だからこそ、彼女は皆に構われるし、愛されるのだとレインは思う。

「まったく……適わないな、お前には」

初めて会ったときから変わらない天使のような笑顔に、結局レインは勝つことは出来ない。
それでもやっぱりこのままでは自分の身が持たないと、問題の解決と同時にライバルを引き離すことの出来る妙案をふと思いついた。

「じゃあ、こうしよう、アンジェリーク」

まるで授業を受ける生徒のように真面目に聞き入るアンジェリークに、レインの自尊心は大いに満たされる。喜びを隠せないレインは得意気に人差し指を立てると、彼女の眼前に指を寄せた。
ふわりとしたアクアブルーの髪が、レインの指を微かにくすぐる。

「分かっているみたいだが、お前は危なっかしい。戦いは十分頑張っているとは思うけど、それ以外の時も注意が足りない。今日だって何でもない段差で躓いて、ジェイドに助けられていただろう?」
「うっ……そ、それは……」
「お前、前にオレに言ったよな?一人で勝手に行くなと。覚えているか?」

ナバルの村近くにミステリーサークルが出現したので調べて欲しいという依頼があった時、レインは一緒に行くというアンジェリークを村に置いて、一人で調査に向かった。
結局レインの帰りが遅いことを心配したアンジェリークが戦闘に加わり事なきを得たのだが、その後の彼女はとても怯えているように見えた。「置いていかないで」と懇願した彼女の姿は、痛々しい記憶として今もレインの胸に刻まれている。

「ええ、覚えているわ。レインったら一人で無理ばかりしようとするんだもの。私、本当に悲しかったんだから」
「す、すまない。それは……悪かった。だから、その……一緒にいればいいだろう?」

少々罰の悪い想いを抱えながらも、話を掘り返したのには理由がある。レインはおもむろにアンジェリークの手を取った。

ぴくりと反応した彼女の白い指は、それでも嫌がることもなくレインの掌に収まっている。レインは姿勢を正すと、真摯にアンジェリークと向き合う。

「オレはもう、一人では行かない。お前と約束したからな。だからお前も、オレから離れなければいい……そうだろう?アンジェリーク」

依頼がある時も、そうじゃない時も。
何時だって、側にいて欲しい。

過去も未来も現在も。
隣にさえ居てくれればどんな危険からも守ってみせると、自信に満ちた顔でレインは微笑んだ。
アンジェリークは照れたように頬を染めて、ゆっくりと頷く。

出来れば一生側で見守っていきたいなんて、まだ口には出せないけれど。
今はこれで十分だと、レインは少し冷めてしまったミントティーに再び口を付けた。





end.


お題→確かに恋だった

2013/08/15 (10:54)


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