memo | ナノ

Diary


だめだ

眠るきみに秘密の愛を


「んーっ……」

カーテンを突き抜ける程の日差しを浴びて、日が高く上ったことをレインは確信した。
長時間椅子に腰掛けたままだった体を動かすと、ぎしりと悲鳴のような音が上がる。

『考えることが仕事』とはよく言ったもので、研究に没頭したレインが寝食を忘れて部屋に篭ってしまうことは珍しくはない。

とはいえさすがに昼まではやりすぎだったかな、と心の中で呟いて、レインは手元にある研究資料を乱雑に机の上に置いた。途端に襲った空腹感を紛らわそうと、立ち上がって扉を開ける。

丸一日ぶりに部屋から出た彼には、階下から流れる風すらも心地好いと感じた。
大きく開いた廊下の窓と開放感溢れる吹き抜けが、清涼感により一層の拍車をかける。

今日もいい天気だなと呑気な感想を抱きながら、レインは人気のない屋敷の階段を降りた。

財団が開発した対タナトス兵器である『ジンクス』の出現により、依頼が減少した今は各々が私用で出掛けることも少なくはない。
レインはジンクスが問題の解決を図れるとは思っていないが、思いがけず休息の時間を取れるようになったのは、素直に良いことだと思う。

ここには殊更、頑張り屋の彼女がいる。
女王の卵という人々の期待を一身に背負う立場の彼女は、助けを請われれば無理をも厭わない崇高な精神の持ち主だ。そんな彼女の負担が減れば、それはレインにとっても喜ばしい事実だった。

「……うん?」

キッチンに向かうはずだったレインの足が、思考の分析を待たずに止まった。
視界の端に捉えたサルーンの一角に、ちらりと水色の髪が揺らめいた気がしたからだ。

「アンジェリーク?」

疑問を含んだレインの声音が、確信を得てため息へと変わる。
いかにも高級な調度品の一つであるソファーにすっぽりと埋もれて、アンジェリークは健やかな寝息を立てていた。

普段なら行儀良く腰掛けている彼女の肢体は、今は背もたれを必要とせず横たわっている。
あまりに無防備なその姿にレインは揺り起こそうと手を伸ばしたが、アンジェリークの体に触れる寸前に動きが止まった。
彼女が眠ったまま微笑んだからだ。

「……なあ、アンジェリーク」

可憐な寝顔に、レインは胸の中で暖めていた想いを馳せた。

もしも「好きだ」と伝えたら、彼女はどんな顔をするのだろう。
困って俯いてしまうのだろうか。それとも、頬を朱に染めて喜んでくれるだろうか。

どれだけ考えても回答の無い問題は解くことが出来なくて、レインはいつも一歩が踏み出せないでいる。

この笑顔を自分だけのものに出来たら、どんなに幸せだろう。そう思う反面、今の関係を崩すことが怖くて、臆病な気持ちがレインの胸中を支配する。

ふわりと風に靡いた彼女の髪を一房掬い上げて、レインはそっと唇を落とした。
眠っている今なら許されるだろうなどと、自分に都合のいい解釈をして。

「……アンジェ」

いつかきっと。
その澄んだ瞳を見つめながら、想いを伝えられる日が来るまでは。
それまでは、こんな風にこっそりと愛を伝えることを許して欲しい。

そんな自分勝手な言い訳を胸に携えて、レインは愛の言葉を囁いた。
聞こえる筈の無いその言葉はけれどもアンジェリークの耳を震わせ、彼女に幸せな夢を運んだのだった。





end.


お題→確かに恋だった

2013/08/10 (14:06)


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