【火赤】偏愛プレファレンス

大学生同棲火赤。


「ただい……って、いねーのか?」
 火神が帰宅してリビングのドアを開けると、室内は真っ暗で暖房も消えていた。愛しのルームメイトに今日はサークルの飲み会で遅くなると言って家を出たから、もしかしたら外食をしているのかもしれない。せっかく早く帰ってきたのに、と火神は自分勝手に寂しくなった。
 とりあえず着替えようと廊下に出れば、一番奥の部屋から光が漏れていた。それに気付いた瞬間、無意識に安堵する程度に、火神は飼い慣らされている。

「あかっ……ゲホッ!」
 浮足立って開けたドアの先は白かった。部屋中に煙が籠もり、温い空気が纏わりつく。そんな事とはつゆ知らず、思いっ切り息を吸い込んだ火神は盛大に噎せた。
「あぁ。おかえり」
 入口で咳き込む火神に、ソファへ深く座った赤司は涼しい顔で答える。その口元には真新しいパイプを咥えていた。
「おい!換気しろよ!」
「すまないね、集中していた」
 ソファの前にあるローテーブルには分解された年代物で質の良いパイプが転がっている。視線だけで火神に挨拶すると、すぐまたステンレス製のピックで火皿の中をせっせと掃除し始めた。火神はその姿に溜息を吐いて正面にあるベランダと、西向きの出窓を全て開け払う。
「寒い」
「我慢しろ」
 火神はパイプを奪い、身を縮み込ませる赤司の隣に座って小さくなった肩に腕を回した。弱弱しく身を寄せてくる赤司に、十中八九寒いだけだと分かっていても可愛いと頬が緩む。
「大我の匂いは落ち着くね」
「お前は煙草臭い」
 赤司の髪に鼻を埋めると、自分と同じシャンプーに混じって強い煙草の匂いがして顔を顰めた。
 赤司が煙草を嗜み出したのは二十歳の誕生日を過ぎてすぐの頃だと、火神は記憶している。事実その頃で、成人祝いのパーティで父から祖父の使っていたパイプを贈られた事が切っ掛けだった。最初は実家や社交の場でしか吸っていなかったが、元々の凝り性が乗じて最近では立派な趣味の領域になっている。この家では火神を思って部屋かベランダでしか吸わないものの、日に日にその匂いは増していった。
「そのパイプを貰った時、本当の意味で父に認められたような気持ちになったよ」
 これまでの道程を知っていれば、そう穏やかに微笑まれては何も言えなくなってしまう。ただ、赤司自身の匂いが薄くなってしまう事が残念でならなかった。
「美味いの?」
「まぁね。最初は分からなかったけど、知ると面白い」
「そういうもんか」
「社交にはとても使えるよ。喫煙所は交流を深めるに最適だ」
 素人目でも分かる高級な象牙の装飾と赤司の言葉に、火神は彼が改めて根っからのお坊ちゃんなのだと再確認する。
「それに、昨今は嫌煙家が多いからね……要らぬ誘いから逃げる口実にも使える。ねぇ、大我。今日はどうしたんだい?予定より随分早かったじゃないか」
「……気付いてたのかよ」
 赤司の含みある言い方に、火神はバツが悪そうに俯く。
「飲み会だっつーから行ったのに、合コンだったんだよ。だから帰ってきた。本当に知らなかったんだ……ごめん」
「謝る事はない。むしろ今夜は帰って来ないかと思っていたよ」
 誰かと一晩過ごしはしないかと遠回しに言えば、火神が殊更不快そうに眉を顰めた。
「お前は良いのかよ」
「良いも悪いも、お前を縛る理由が無い」
「俺はお前が合コン行ったらヤダ」
「へぇ……」
 人より大きな図体をして駄々っ子のような口調に、赤司から笑みが零れた。同時に、そんな束縛が心地いいと感じる。
「お前を信用してねー訳じゃねぇよ?たださ、着飾るだけ着飾って、赤司の事なんも知らねー奴が親しげに話掛けてくんのがムカつ……ンッ」
 ストレートな愛情への答えだとばかりに、赤司が火神へ口付けた。不意打ちで薄く開いた唇へ舌をねじ込み、熱く絡ませあう。
 赤司にとって、火神とのキスは甘かった。それは比喩では無く、本当に甘く感じている。どこぞの友人のように毎日シェイクを飲んでいる訳でもないのに不思議でならない。
「……お前、いつも唐突だよな」
 顔を離すと火神は少し呆れたように、でも嬉しさを隠さず、赤司を抱き寄せた。
「そうでもない。お前が無意識に僕の琴線に触れているだけだ」
 赤司が逞しい胸元へ愛おしげに頬擦りをする。
「ふーん。分かんねぇけど、とりあえず褒められてんだな」
「さっき、縛る理由が無いと言ったが、訂正しよう。束縛とは存外心地良い。お前の事も縛ってやるよ」
「ハハッ!赤司のは怖いな。でもまぁ、嬉しい」
 そういってまた唇を重ねた。
「お前、キス好きだな」
「何故か分からないけれど、甘いから。丁度いい甘さなんだ」
「マジで?俺、いっつも苦いんだけど……つか煙草味?」
「なるほど……」
 火神に言われて合点がいく。煙草など、気まぐれと凝り性だけの嗜好品だったが、思わぬ副産物だ。今思えば、キスの初めに火神はいつも顔を顰めていた。
「苦いのは嫌かい?」
「出来れば」
「それはすまないね」
 火神には申し訳ないと思いつつ、甘いキスの為に煙草はやめられないと一人苦笑した。


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