【火赤】臆病者の恋

火赤の日in2013!!!



「あー……めんどくせぇ」
 着慣れないドレススーツに締め慣れないネクタイ。火神大我は堅苦しい格好で場慣れないパーティへ来ていた。
「いつまで居なきゃいけねー……ですか?」
 これまた慣れない敬語で、横にいた所属チームのマネージャーに問い掛ける。
「ごめんね、火神君。ホストの挨拶さえ終われば帰っても大丈夫だから。それまで適当につまんでて」
 マネージャーを困らせるつもりで言った訳では無いが、どこをどう見ても浮いていて居心地が悪い。スポーツ以外のテレビ番組を碌に見ない火神でも、会場を軽く見渡しただけで知っている顔がいくつもあった。それは政治家から他のスポーツ選手、グラビアアイドルに至るまで幅広く。
 パーティに招待されたスポンサーがチームのエースを呼ぶというのは至って普通の事だが、火神にしてみれば無関係な話だし、何よりこのパーティの目的すら知らない。日本に帰るなり引っ張ってこられたのだ。幸いブッフェスタイルの食事はどれも美味しそうだから、マネージャーの言うように適当につまんで過ごそうとした。

「おひとりですか?」
「凄い筋肉!スポーツ選手?」
「よかったらご一緒しましょう」
 一人になった途端、火神の周りに尻軽そうな女達が集まってきた。そんな事は茶飯事で、機嫌が良いときは掛けもしない電話番号を聞くだけ聞いて、ある程度好みならヤるだけヤって、機嫌が悪ければ汚い言葉で罵って追い払っている。だが今日はスポンサーの名前を背負っていて、そう雑にもあしらえない。仕方なく営業スマイルを浮かべて当たり障りない会話と相槌で流し、美味そうに見えた料理は味を無くした。
「あ、始まるみたい」
 火神がもう限界だと思った時、ホールの照明が落ちて奥にある壇上にスポットライトが当てられる。同時に割れんばかりの拍手が鳴り響き、重厚な扉から今日のホストが現れた。火神はこの隙にと女に囲まれているテーブルからそっと離れる。
『本日はご多忙のところ、多数の方々にご参加頂き、心から感謝致します』
「!」
 高校時代の相棒のように気配を消し、このまま会場から抜けようとした火神だったが、スピーカーを通して聞こえた声に顔を上げた。
 視線の先、壇上でライトと数多の視線を浴びているのは長年の想い人、赤司征十郎だった。
 最後に見た時と変わらぬ姿、変わらぬ声。赤司の声が鼓膜を振るわせる度、心の奥底に仕舞い込んだ気持ちが燻りだす。澄んだソプラノで「大我」と何度も呼ばれた五年も前の記憶が鮮明に再生されて目眩がする。
『以上をもって総裁就任の挨拶とさせていただきます』
 一際大きな拍手で火神が我に返った。難しくて堅苦しい言葉が羅列されて意味は全く分からなかったが、赤司が凄い事になっているという事は流石に理解できた。
 挨拶を終えた赤司が一歩下がって深々と頭を下げる。そこでハッとした。今しかない、と。
 今、このチャンスを逃せば二度と赤司に近付けない。そう直感するや否や体が動いた。人波を掻い潜って壇上に向かうが、赤司はもう扉のすぐ前まで来ている。このままじゃ間に合わないと息を大きく吸い込んだ。
「赤司!」
 火神が思いのままに叫ぶと、会場が静まり返った。それは火神の声に驚いた訳ではない。火神が呼んだ相手、大財閥の総裁たる赤司征十郎を呼び捨てにした事に会場中の人々が呆気に取られた。
 そんな事をものともしない火神が赤司に近付こうとすると、火神から見ても屈強だと思うような男達が立ち塞がった。
「お下がり下さい」
「どいてくれ!」
 赤司の壁になっている男に怒鳴れば、数人の警備員も集まってきて周りを囲まれてしまった。
「速やかにお引き取りを……」
「離れろ。彼は友人だ」
 短く、だがそこはかとない威圧感を含んだ声が響く。まさに鶴の一声で、火神を囲んでいたガードマン達が一斉に捌けた。
「久しぶりだね、火神君」
「…………おう」
 他人行儀な呼び方に火神は顔を顰め、それに気付いた赤司は人知れず口角を上げる。
「すまない、迷惑をかけたね。今日は立て込んでいるんだ」
「なんかスゲーことになってるみてーだな。よく分かんねーけど」
 赤司は状況を把握していない火神に微笑んで、名刺を取り出すと裏面にサラサラと番号を書いた。
「君ならいつでも歓迎する。連絡して」
 火神の胸ポケットにある深紅のチーフを奪い、代わりにその名刺をねじ込むと、See you.の言葉も言わせずに黒服を引き連れて出ていってしまった。嵐のような一場面が過ぎると周囲はざわつきを取り戻し、火神の周りに今度は赤司目当ての派手な女達が近寄ってきた。
「slut……」
 噎せ返る程にキツい香水を纏って勝手に腕を掴んで胸を押し付けてくる女を押し退け、小声で侮蔑して足早にホールを出た。

「チッ!」
 自分のジャケットから香る臭いに舌打ちし、ネクタイを緩める。この不快な移り香を消したくてエントランス横の喫煙所に入ると、軽薄な笑みを浮かべた男が煙草を差し出してきた。探るような視線と好奇に満ちた口元はマスコミ関係者特有の空気だ。根堀葉堀聞こうとする男に、高校のバスケ仲間だという必要最低限な情報だけを与えて逆に赤司の事を聞き出し、そこで初めて火神は五年越しの真実を知った。
 五年前、NYに留学がてら同棲していた赤司が突然火神の前から消えた。いつものような朝を迎え、いつものように帰ると赤司だけが居なくなっていた。荷物も家具もそのままに赤司だけが忽然と消え、携帯電話も繋がらなくなった。犯罪を疑ったが、繋がっていたSkypeやFacebookまでもが見事に切られていた事で赤司の意思だと悟った。
 残りの火神の留学生活は酷いものだった。バスケ以外では学校に行かず、遅くまでバーに入り浸り、日毎違う女を抱く日々。元々バスケで大学進学も留学もしたし、私生活が荒れてもプレイには影響しなかったから問題などなかった。その後日本に帰る気にもなれず、大学へ来たオファーに乗ってそのままNBAへ行った。頭の片隅には常に赤司が居たが、今日の今日まで見て見ないふりをし続けた。
 そして今、何も言わず消えた日に赤司の父親が倒れたと知った。危篤だった訳では無いが、早急に赤司への家督相続が行われた。父親は会長として名は残したままだったが、先月他界した事で赤司が正式に総裁となった。今日はその就任パーティだったのだ。
 いわゆる大人の事情で消えたと知り、赤司の本心は何処に有ったのか、それが火神の心を支配する。男に煙草の礼を言って喫煙所を後にし、半ば苛つきながら胸ポケットに手を入れた。取り出した名刺は、和紙に箔押しの社章と黒インクで名前のみ書かれたシンプルなものだった。
 裏を返すと懐かしい赤司の文字。急いで書かれた少し雑な字が愛おしくて思わず名刺に唇を寄せれば、これまた懐かしい匂いがした。
「ん?」
 てっきり電話番号だけだと思っていたが、左下に小さく英数字が書かれていた。
【I.H.1564】
「I……International…………Imperial……マジか」
 思い当たる単語に溜息を吐いてスラックスのポケットに手を突っ込むと指先に硬いものが当たる。不審に思って取り出せば、白地に金でホテルのロゴが書かれたルームキーだった。あの一瞬でいつの間に忍ばせたのだろう。赤司の手早さに苦笑してネクタイを締め直すと、足早にエントランスを出て待機していたタクシーを拾った。


「あー……」
 目的地が分かってたとはいえ、いざ着くと日本屈指の高級ホテルの圧迫感はとてつもない。余所なら浮いてしまうドレススーツもここでは普通だ。
 すぐさま近付いてきたベルボーイにルームキーを見せれば、一番奥の、何故か誰も並んでいないエレベーターに案内された。言われるがままに行先階ボタンの上にあるカードリーダーにキーを通すとフロアのランプが点いた。そのセキュリティさにも驚くが、ベルボーイとの何気ない会話でインペリアルスイートがフロアごと貸し切られていると知って開いた口が塞がらなかった。
 ドアの前まで来たベルボーイにチップを渡すと酷く恐縮されて、ここが日本だという事を思い出した。それくらい、この空間は日常からかけ離れている。かといって一度出したものを引っ込めるのも形が付かず、チップはそのまま受け取って貰った。
 
「立て込んでるんじゃなかったのかよ?」
 ノックも無しに部屋の奥へズカズカと入ると、豪奢なソファで酒を呑んでいる赤司がいた。
「お前が来るんだ。十分立て込んでるじゃないか」
 きっと今日の会場にいた者達が見たら驚くだろう。ジャケットを雑に脱ぎ捨て、背もたれと肘掛けに体を預けて瓶のままワインを呷っている。普段の赤司征十郎からは想像も出来ない姿だ。
「来てくれたんだな」
「お前を一発殴ろうと思って」
「一発で良いのか?僕は殴られて然るべき事をした。抵抗も、恨みもしない。気が済むまで殴ればいい」
 酒で紅潮した頬を緩ませ、本気とも冗談ともつかない表情で笑う。
「よっ、と!」
 赤司は空の瓶を床に転がして立ち上がると、思ったよりもしっかりとした足取りで火神の傍へ来て、その逞しい体に抱き付いた。
「ん……大我の匂い……に、女の臭いが混ざってるね」
 鼻先を胸に押し付け、拗ねた子供のように頬を膨らます。そのあどけない表情と行動に、火神は赤司の本心が全く読めない。ただ数年ぶりに呼ばれた名前に、体の内側がじんわりと暖かくなった。
「おい。今ここで俺を離さねーなら、俺はもう二度とお前を離さねぇぞ。何があっても、何をしても、だ」
 火神は赤司に腕を回すことはせずに抑揚の無い声で言う。
「怖い事だね」
 赤司はフッと笑い火神に回していた腕を解く。
 それが答えかと火神は俯き、赤司から体を離そうとした。
「本当に、怖い」
 刹那。火神の視界がグラッと反転し、一瞬何が起こったのか分からなかった。気付けば絨毯に尻を付け、自分より小さい筈の赤司を見上げていた。肩には赤司の手があり、下がろうとした時にバランスを崩されたと気付く。
「ッテ……おい!テメ……ッ」
 火神が起きあがろうとするところへ、赤司は向かい合うように跨がった。
「お前のせいだ」
 上目遣いで眉を寄せ、血色の良い唇を火神に寄せる。火神は醒めた目で見つめて赤司の好きなようにさせた。

「酒臭ぇ」
「下品な移り香よりマシだ」
 離れた唇同士を銀糸が繋ぎ、ぷつんと切れたそれを赤司が舐め取る。
「二つ、賭をした」
 赤司は火神の額に自分の額を当て、ゆっくりと瞼を閉じた。
「一つ目はお前の所属チームのスポンサーに招待状を出した。これは簡単な賭だ。お前がメインモデルだからな。お前を一目見れれば、一言でも会話が出来れば、それで……それで最後にしようと決めた」
「征……」
「けどね、僕は僕が思っているより自制が効かないらしい。実際お前を見たら触れたいと思った。お前と話したらキスをしたいと思った。NYを離れる時、記憶の一番遠くに隠した気持ちがどんどん漏れ出した。とっくに飽和して、今も、とめどなく溢れ続けている」
 ポタッと火神の頬に温い水滴が垂れる。閉じたままの瞳が濡れていた。
「だから二つめの賭をした。もしこの部屋までお前が来れば、もう二度とお前を離さないと」
 赤司はそう言って顔を離し、火神から奪ったポケットチーフへ大切だと言わんばかりに口付けた。
「こっちにしろよ」
「ンッ……ァ……」
 火神は赤司の顔を両手で掴み、今まで我慢していた全部をぶつけるように貪った。時折口を離しては見つめ合い、また熱いキスを交わす。
「なぁ……また僕と始めてくれるかい?」
「俺ん中じゃ、まだなんにも終わってねーよ」
 腕はお互いの背中に回されて離れる隙も、他人が入る余地も無いほどに密着し合った。


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