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3:捕まえててあげるから


 君という人は、ちょっと目を離してしまうとすぐに何処かへ居なくなってしまう。必死に縋りつこうと思っても、スルリと風のようにオレの腕をすり抜けていく。
 誰にも捕まらず誰にも靡かないその姿勢は、手の届かない美しい存在だと示して魅力溢れるが、時としてそれは酷く残酷だと打ちのめされる。
 オレとは真逆に、感情豊かに喜怒哀楽を表情に浮かべる君は、故郷の輝かしく温かい太陽にも思える。
 そんな素晴らしい彼女を自分だけが独占したいと、垂涎してしまうのは傲慢だろうか?
 ……いや、決してそうではないと切望する。そもそも彼女と関わった事がある人間なら、彼女がどれほどの女性である事を気がつくのだから、オレと同じ考えを持つ者はいても何もおかしくはないだろう。
 これほど胸の内が苦しく、考えただけで息が詰まりそうになるのは、一体いつぶりだっただろうか?
 ……あぁ、そうだった。こんなに苦しい思いをするのなら、本当に独占してしまえばいいのだ。とても簡単で、とても幸せな事をなんでさっさとしなかったのだろうか。

「――それで、この前買い物に行ったら……」
 隣で楽しそうに自分のことを話す彼女は、相変わらず可愛い。思わず歩く度に揺れる髪の毛に触れてしまいたくなるぐらいだ。
 ニコニコとした笑顔を浮かべながら、オレに喋りかけてくる彼女は食べてしまいたくなるぐらい愛おしい。まさかこのあとオレに監禁されるだなんて微塵にも考えてない無垢な笑顔だ。
「リゾット? ちゃんと私の話聞いてる?」
「あぁ、勿論だ。当たり前だろう?」
 短く"あぁ"としか気の利かない相槌を打たない事が、不満に思ってしまったらしい。わかりやすくプクーと子供のように頬を膨らませるその表情もまた可愛い。
 すっとひたすら『可愛い』としか言っていないが、語彙力がないわけではない。心を締め付けるこの愛しさを表現しようとすると、ただ一言『可愛い』が集結されているからだ。
「なぁ、ちょっとばかしオレの用事に付き合ってはくれないだろうか?」
 突如の提案に彼女はキョトンとした表情に変えた。"リゾットがお願いだなんて珍しいね! 勿論付き合うよ!"と、また顔を破顔させて承諾してくれる君は、本当に優しい。
 これからしてしまう事が、君を裏切る事に心痛めても、これからの生活を考えれば帳消しになるだろう。
 大丈夫、君を怪我させて連れては行かないから。


 急いで用意した部屋は、まだ味気ない安物のベッドが置かれただけの質素な部屋だ。正直言ってこんな辺鄙な場所に、彼女を住まわせるのは自分の不甲斐なさを感じる。
 だが、逆に考えれば、まだ飾り気のない部屋でも、彼女と一緒にどの家具を揃えるかだなんて相談する楽しい時間を作ればいいのだと。
 あぁ、想像しただけでまるで新婚夫婦みたいだ。一緒に出かけることは難しいが、カタログを見ながら話し合う一時はさぞかし心が踊るだろう。
 気持ちよさそうに眠る彼女の頬を、優しく撫でる。本当ならすぐにでも起こして、雨のような愛の言葉を降り注ぎたいが、それは起きてからでも遅くはないだろう。
 それに一緒に家具を選ぶのにも、肝心なカタログを用意していないじゃないか。と、オレは眠る彼女を残して、いそいそと急遽家具屋へと足を運んだのだった。

 ――分厚いドアを開けば、ただ残されていたのはボロボロに朽ちた鎖と無機質なベッドだけ。
 鼻でスンと空気の匂いを嗅げば、まだ僅かに彼女の残り香があって、心臓のあたりがチクリと切なく痛んだ。
 そうだ。こんな小細工をしたところで、彼女が簡単に逃げ出してしまうことなんて、嫌という程に理解していたじゃないか。
 穏やかでもあったり、狂うほど激しかったり弱々しさを表した風のように、まさに彼女は『自由奔放な性格』だという事が前提だったのを、目を逸らしてたせいですっかり忘れてしまっていたようだ。
 無人になった寝床を見つめる度に、あの愛らしい寝顔を思い出す。まだ彼女の体温が残ったシーツに顔を埋めて、決意する。
 別に逃げられたっていいじゃないか。例え何度も腕の中からすり抜けていっても、何度も何度も捕まえればいいのだから。
 彼女が"もう降参。流石リゾットだね"と可愛らしい声でオレに懇願するまで、捕まえててあげようじゃないか。
 これは終わりではなくて、あくまでも途中にしかならない。
 楽しい遊びはまだまだなのだと思えば、自然に口角が上がった。

 終


 【お題サイト『きみのとなりで』 自由奔放なあなたへ5題

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