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※男主





三月三十日。エレンの誕生日である。
立場上華々しく行われることは無かったが、同期も駆けつけてくれたうえ、いつもより豪華な食事が出たので満足している。高望みなどしていない。弁えているつもりだ。
仲間と食事を共にし、祝いの言葉を貰い、とりとめのない言葉を交わす。十分に幸せじゃないか。
宴は日が暮れた辺りでお開きとなり、わざわざ古城に訪れてくれた友人たちを扉まで見送った。

「じゃあね、エレン」
「おう、元気でな」
「エレン、あのチビに何かされたらすぐ言って。削ぐ」
「……あのなぁ」

別れ際、お決まりになりつつある会話。
幼馴染みたちに手を振り返して、ばたんと扉を閉めた。扉を開けていると、どんどん冷たい空気が中に入ってくる。真冬よりは和らいだとはいえまだ冷えている。
春は本当に近いのだろうか。夜になるととたんに昼間の暖かさが疑わしく感じる。

「楽しそうでいいね」
「そうですか?」
「うん。とてもいいと思う」

背後でナマエさんが笑った。振り向きながら、そういえばと話題を変える。

「ナマエさんの誕生日はいつですか?」

彼の表情が曇った瞬間、まずいと思った。これは聞くべき質問ではなかった。

「誕生日? 悪いけど分からない」

ごめんね。申し訳なさそうに彼は笑う。エレンはすぐさまナマエに謝った。ああ、なんてことだ。また彼を困らせてしまった。悲しませてしまった。
地下街で産まれ育ったのだ。知らない可能性だってあるというのに。
――迂闊だった。
唇を噛みしめ、俯く。会話など続けていられない。ぐるぐる回り始めた思考に酔いそうになる。
ぽん、と頭に彼の手が乗った。

「気にしなくていい。今日の主役が辛気臭い顔するもんじゃない」
「っ……」
「ほら、もっと幸せそうな顔して」

頭上を行き来する掌が段々荒くなり、髪をぐしゃぐしゃにされる。そのまま両頬を掴まれて視線を合わせられる。わかったか、と言いたげな瞳に頷くしかない。
こくこくと何度か頷けば。満足したのか手を離してくれた。

「よし。明日からいつも通りだから早く休めよ」

欠伸をひとつ噛み殺して歩き出した彼をどぎまぎしながら呼び止める。

「……ナマエさん」
「ん?」
「俺、幸せですから」

貴方がいるから、幸せなんだ。
彼はぱちりと瞬きをしてから、何か言いたげに口を開いて何も言わずに閉口した。そして今度は気が抜けたように息を吐く。

「……そう」
「今日の主役の告白を無下にするおつもりですか」
「お前ね……」
「ナマエさん」

ずいと顔を寄せる。彼の方が背が高いので見上げる形になるが、彼の目を見てもう一度言う。

「俺は幸せです」

いつもは俺たちを絶望のどん底に突き落とす女神様が今日だけはお見えにならないようなので、大好きなナマエさんにきっちり伝えておく。
貴方がいるから何倍も幸せだ。
女神様がいないうちに答えて下さい。幸せが逃げてしまうから。
貴方はどうですか。


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