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※現パロ





告白の常套句として月が綺麗ですね、なんてものは有名だけれども、昔の人は良くそんなことを思いついたなあと思う。
詩人でもなければ作家でもない平凡な私は、そんな文句を侍らせることも出来ずに生きてきた。幸運なことにわたしの恋人もまた、そのような回りくどい文句は大の苦手だった。私達はお互いのそんな所が好きで。今まで喧嘩もしたけれど、今年もまた彼の誕生日を祝うことが出来そうだ。

祝うと言っても私と彼は所謂遠距離恋愛というやつで、実際に会って話すことは出来ないのがもどかしい。電波と一緒に私も飛んで行けたらいいのに。そんなくだらないことを思ってしまう。
もう春になるというのに、夜は肌寒い日々が続く。私はベランダに出てその時を待った。
田舎から出て来た私にとって夜中でもちかちかと光るネオンは酷く眩しい。この光を見ると時々無性に寂しくなるのだ。

高校卒業と同時に上京し、ずっと一緒だった幼馴染との別れ。その時は期待ばかりが心を埋め尽くしていたけれど、実際1人になってみれば如何に自分が恵まれていたかを知った。多忙な毎日は、私と彼を会わせることも許してはくれずにいる。会いたい。会って彼の顔を見て話したい。何度そう思ったことか。

そんな気持ちを抑えるように、通話ボタンを押した。3月30日ぴったりでは遅いから、その1分前に電話をかける。ワンコール、それから焦ったような彼の声が聞こえた。

「もしもし、寝てた?」
『んあ、寝かかってた』
「そっか、ごめん」
『んで、何?こんな時間に珍しいな」
「うん、あのね、お誕生日おめでとうエレン」

時計を見ればきっかり0時。良かった間に合った、と気づかれないように息を吐く。
エレンはというと少しの沈黙の後、そういや今日誕生日だったな、なんて他人事のように呟いた。
相変わらず自分のことには無頓着だ。他人のことにはあんなに一生懸命な癖に。私は思わずふふ、と笑う。

『何笑ってんだよ』
「いや、エレンはいつになっても変わらないなあと思って」
『馬鹿にしてんだろ』
「してないよ、全然」

寝かかっていたというだけあって少し掠れていた声が、不機嫌な声色に変わる。
高校生の頃から知っているけれど、彼は本当に変わらない。いつだって誰かの為に熱くなって、いつだって真っ直ぐだ。
ふと空を見上げる。今日は寒いけれど晴れているから、星も月も良く見えた。

「エレンさ、ちょっと外出てみてよ」
『はあ?俺もう布団の中なんだけど』
「いいから。空綺麗だよ」
『仕方ねえなあ…』

携帯越しにエレンが歩く音、窓を開ける音が響いた。それはまるで私もエレンの部屋に居るみたいで、心が震えた。

『…さみいんだけど』
「ん、私も」
『なあ、ナマエ』
「なーに」
『こっちに帰って来ねえの』

唐突な問いだった。今度は私が黙る番だ。

『お前そっち行ってから、一回も帰って来ねえじゃん。そりゃ遠いし、忙しいんだろうけどさ、寂しく、ないのかよ』

俺ばっかり、お前に会いたいみてえ。小さく小さく、悲しげにそう言った。
寂しくないと言ったら嘘だ。憧れていた1人暮らしは思ったよりも大変だったし、大学だって課題に追われてばかりで楽しくもない。地元に居るエレン達のことが羨ましいと何度思ったか分からない。

「…会いたいよ。本当は今すぐ、エレンの所に行って直接おめでとうって言いたい」
『俺も、ナマエが居ない誕生日なんて嬉しくも楽しくもねえし」
「ごめんねエレン」
『お前が謝ることじゃねえだろ。…今年も1番最初に祝ってくれたのがお前で良かった』

電話越しにも彼の表情が柔らかくなったのが伝わる。
エレンの言葉はいつもストレートだ。だから誤解されることも多いけど、私はそれに救われている。今も、エレンの一言だけで目に浮かんだ涙はあっという間に引っ込んでしまった。

「だって、これくらいしか出来ないもん。せめて1番最初におめでとうって言いたかったの」
『ん、…今日の夜もまた電話しろよ』
「いいけど、何で?」
『何でって…だから、おめでとうって言われるの、俺は最初も最後もお前がいいんだよ、悪いか!』

そう言い放って、ぶつりと電話は切れてしまった。
通話が終了した携帯の画面を見て呆然とする。
おやすみも言わずに切ってしまったのは、きっと照れていたからだ。照れ屋なエレンがあんなこと言うと思わなかった。

「最初も最後もお前がいい、か」

自分の口で反復しながら、月を見上げる。
ねえエレン、私は貴方が大好きなんだよ。
私だって、最初に声を聞くのも、最後に声を聞くのも貴方がいいんだよ。
この想いが月まで飛んでゆけばいい。そうすれば、同じように月を見上げている彼に届くはずだから。


ぎし、と音を鳴らしてベランダから部屋に戻る。
すっかり冷えた体を布団で包み込んで、エレンの声を思い出す。
おやすみエレン。目を閉じて、今夜はきっと瞼の裏側で彼に会える。


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