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 目を覚まして窓の外を見ると薄暗く、太陽はまだ昇りきっていなかった。オレは隣で寝ているアルミンを起こさないようにゆっくりとベッドから降りる。朝の空気は肌寒かったが、その分まだ覚醒しきっていない脳にはいい刺激だった。隊服に着替えて顔を洗い、軽く準備運動をしてから立体機動装置を身につける。誰もいない演習場はいつもと違い、しんとしていた。
 訓練兵団に入団してから半年、立体機動の訓練ではなかなかいい成績がもらえなかった。もっと技術を磨くためには今以上に訓練をする必要があると考えたオレは、教官に許可をもらい、こうして毎朝いわゆる自主練をすることにした。ミカサやアルミンには黙っているので多分二人も知らないはずだ。というより、教官以外でオレが毎朝訓練をしているということを知っているやつもいないだろう。
「あ、来た。おはようエレン」
「・・・ナマエ、なんでここにいるんだ?」
「今日は早起きしたんだ。エレンは今から訓練?」
「ああ、まさかお前もか?」
驚いた。あの寝坊常習犯のナマエが早起きだなんて珍しいこともあるものだ。今日は嵐になるかもしれない。
「ううん、ちょっと用があって」
「用?」
「そう、エレンに」
一体何の用なんだ、と首をかしげるとナマエはにっこりと笑ってオレの手をとった。それからオレがさっきやって来た方へと歩き出す。
「おい、どこに行くんだよ。オレは訓練がしたいんだが・・・」
「ごめんね、すぐに済むから」
振り返ってそうは言ったものの、ナマエは少しも申し訳ないというような顔をしていなかった。力強くオレの手を引いてずんずん進んで行く。


「ここ・・・いつも座学で使ってる講義室じゃねぇか」
「そうそう」
「こんなところに一体何の用があるんだよ?」
「まあ、いいからいいから。目、瞑ってて」
「目?」
ナマエはドアの前までオレの手を引くと唐突にそう言った。なんでまた、と疑問に思ったが、お願い、とじっとこっちを見てくるものだから仕方なく目を瞑る。
「瞑ったぞ」
「いいよって言うまで絶対開けないでね」
わかったという意味を込めて頷くとドアの開く音がして、ナマエがオレの手を引いた。講義室の中に入ったのがわかる。そのまま少し進んで、立ち止まる。もう目を開けていいのかと思ったが、ナマエがオレの肩を押しながら、ここでもないそこでもないと一人でブツブツ言うのが聞こえたので恐らくまだダメだ。それにしても一体何なんだ、貴重な訓練の時間が減っちまう。
「よし、目開けて!」
やっとかと思い、言われた通り目を開けると、すぐにいつも座学で教官が使っている黒板が目に飛び込んできた。黒板にチョークで大きく「エレン誕生日おめでとう」と書いてあって、一面に花やらなんやらよくわからない絵が描かれていた。その光景に唖然としてしまって言葉が出ない。
「驚いた?」
「あ、ああ・・・」
呟くようにそう言うとナマエが、小さくやった、と言った。
「これ、全部お前が描いたのか?」
「うん。朝一番に見てほしくて、早起きして描いたんだ。エレンが毎朝自主練しててよかったよ」
よく見るとナマエの着ていた服や指先はところどころチョークで白く汚れていた。汚れてるぞ、と服を手ではたくとナマエはじっとオレを見上げた。
「エレン、耳が赤いけどどうして?」
「・・・気のせいだろ」
「そうかな。私にはいつもよりも赤いように見えるけど」
「お前まだ寝ぼけてるんだよ、滅多に早起きなんかしねぇから」
未だにこちらをじっと見つめるナマエの視線から逃れるように、オレはまた黒板に向き直った。ナマエは、これを描いてオレに見せるためにわざわざ早起きなんかしたのか。いつもは朝礼が始まるギリギリ前に起きてくるような、だらしのないやつなのに。そもそも今日が誕生日だったということを、オレ自身も忘れかけていたから、まさかそれをナマエが覚えていたとは思わなかった。
「さて、サプライズも成功したみたいだし、寮に戻ってもう一眠りしますか」
ナマエは眠そうに大きなあくびをした。口の中が丸見えだ。
「今から戻るのかよ?」
「うん。だって、今から戻ればあと40分くらいは寝られる」
「それだと寝坊だろ。せっかく早起きしたんだから、お前も自主練すればいいだろ」
「そんなことするくらいなら私は寝たいよ」
「お前なあ・・・そんなんじゃ上達しねぇぞ」
「訓練のときは真面目に取り組んでるもん。それに・・・今日はエレンに一番におめでとうを言いたくて早起きしたんだし」
「・・・そういや、よく起きれたな」
「もちろん。なんたって今日はエレンの誕生日だから!普通の日とはわけが違うよ」
「なら自主練付き合えよ。大体今から寝て、その後本気で起きられると思ってるのかよ」
ドアへと向かっていたナマエがポカン、と口を開けたままオレを見る。
「つまり?」
「まあ、つまり・・・今日は普通の日とはわけが違うんだから、部屋に戻らずに起きてここにいればいいだろ」
腕を掴んでそう言うと、ナマエは何度か瞬きをした後、思いきり頬をほころばせて笑った。
「エレンがそんなこと言うだなんて、今日はきっと嵐だね」
「ああ。オレもそう思うよ」
今日はとことんお祝いするよ、と笑顔で言ったナマエから目を逸らして黒板を見ると、端の方にオレの似顔絵らしきもの(全く似てない)と「エレン大好き」と描かれているのを見つけてしまって、結局どこを見たらいいのかわからなくなってしまった。


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