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「エレンくん、お出掛けしよっか!」

それは時刻が午後を過ぎた頃だった。兵長の指示で本部の庭の掃き掃除をしているところに、ここにいるはずのないナマエさんが笑顔でこちらに駆け寄ってきた。突然の言葉に少し理解が遅れるがこの人が突拍子もないことを言うのはいつものことだった。

「ナマエさん!どうしてここに、」

「掃除なんていいからいいから、はやく着替えておいで!」

ナマエさんは俺の手から箒を取っては期待に満ちたような目で見上げてきた。もちろん俺は非番でも何でもないし、これからまだ訓練だってある。いくらナマエさんの指示だとしても抜け出したりなんかしたら俺が兵長に何を言われるか分かったものではないと思い直して引っ張ってくる彼女の腕を慌てて制止する。

「ちょ、ちょっと待ってください!いきなりどうしたんですか、俺まだ訓練が」

「大丈夫!兵長にはもう許可とってあるから」

今日はエレンくん非番だよ!と嬉しそうに言うナマエさんの言葉に耳を疑う。この人は調査兵団公認の、不謹慎かもしれないが今まで調査兵団にいて何で生き残ってこれたのか不思議なくらいにドジな人だ。そんな人が兵長に許可を取ったつもりで実際は取っていなかったなんて可能性は十分にある。そんな俺の疑いの目に気づいたのか「ほ、本当だよ!ちゃんと許可もらったから安心して!」と慌て出すのでますます不安になった。

「にしても出掛けるって…何か買い物ですか?」

「ああ、えっとね、エレンくんたんじょう…じゃなくて!!エレンくんとお出掛けしたいなあって思っただけで!あはは!!」

しまったと口を押さえて明らかに慌てるナマエさんに俺は一瞬で全てを悟ってしまった。どうしてこうもドジなんだこの人は、別にそれが今日始まったわけでもないのに盛大にため息をつきたくなった。今日の午前中にミカサやアルミン、他の皆が先に祝ってくれたこともあって今の俺にはもうサプライズは通用しないのだがナマエさんはあんなミスをしてもまだ俺にバレていないとでも思っているのか一人でほっと胸をなで下ろしていた。そんな彼女に気づきましたとはさすがに俺も言い出せず、それでも彼女が祝ってくれようとしてくれている事実は素直に嬉しくて結局街に出掛けることになった。



待ち合わせていた場所に着くと、団服を着ていたナマエさんもすっかり私服へと着替えていた。初めて見る新鮮なその姿に半ば呆然としていると、こちらに気づいたナマエさんが笑顔で俺の名前を呼んだ。休日でも何でもないのに街は人数が多くて賑わっていた。
あちこちに人が行き交う街の中、ナマエさんのペースに合わせて隣を歩いていると「今日はいい天気だねえ」とありきたりな台詞をそわそわしながら言っている姿が視界の端に映った。その様子に何だかこっちまで気分が落ち着かなくなってくる。そうしていくつか言葉を交わしてから彼女は「そうだ、」と手を叩いた。

「エレンくんはさ、いま何か欲しいものとかあったりするの?」

街を歩き出してから数分、さっそくやってきた明らかすぎる定番の質問にどう返事をするべきか逆に悩んで言葉を濁す。本当にこの人は隠し通す気があるのだろうか、どのみち口を滑らせなかったところで俺はこの一言だけで勘付いていただろう。本当に嘘をつくのがとことん下手な人だなと改めて思う。
欲しいもの、と聞かれても思いつくものはこれといってなくて、質問の意図まで既に知ってしまった今の俺じゃ最早気取らない率直な答えを導き出すのはさすがに無理だった。

「そ、そうですね…」

「何でもいいよ、ちょっと気になる物とかでも!エレンくんここ最近ずっと外に出れてなかったでしょう?」

「はあ、まあそうですけど…」

にこにこと相変わらず笑顔を絶やさないまま隣を歩くナマエさんを見る度に焦りが増してくる。もし俺が言ったものを買おうとしているのだとしたら安く済むものがいいな、と返事に悩みながらも何かいい案はないかと辺りの店を見渡す。なんで祝われるはずの俺がこんなに気を遣う必要があるのかと疑問に思わなくもないが、それでも彼女の好意を踏みにじるような事をしたくはなくて、俺が気づいていることに気づかれないようにと必死に頭を回転させる。
そうして暫く一人で悩んでいると、不意についさっきまで隣にいたはずのナマエさんの姿がないことに気づいて足を止めた。

「あれ……ナマエさん?」

「エ、エレンくん!」

小さく聞こえたその声に後ろを振り向けば、人の波にすっかりのまれてしまったナマエさんが一瞬だけ人混みの中で見えた。いつの間にか遠くまで移動してしまっているようで、俺は見失わないようにと人の流れの中を逆走して進んではナマエさんに必死に手を伸ばした。なんとかして触れた指先を離さないように強く握って、そのままなんとか人の波から路地まで引っ張り出す。どう隣を歩いていれば人の波にのまれることがあるのか謎だがそんな疑問も彼女のこととなれば意味を持たない。

「びっくりした…」

「俺の方が驚かされましたよ…はぐれたりしたらどうするんですか」

「ごめんね、ありがとう」

「ナマエさん危なっかしいんですから、俺から離れないでくださいよ」

そう軽く注意してからそのまま再び足を進める。はぐれないように最初から俺も注意するべきだったと思い直しながらも少し後ろを歩くナマエさんをちらりと見ると、彼女は少し頬を染めて俺の手を見ていた。そこでふと俺も手を繋いだまだったことに気づいて何故だか急に恥ずかしさが込み上げてきた。だからといって今さら手を放すことも戸惑われたのでこれはナマエさんがまたはぐれたりしないようにするためだと自分に言い聞かせてそのまま街を進み歩いた。



そうして日が暮れるまで街を歩いた結果、ナマエさんに買ってもらったものは屋台で売られていた食べ物だけに留めた。これなら低価格だし、なにより一番の決め手になったのは街を歩いている途中に聞こえたナマエさんの腹の虫だった。恥ずかしがる彼女をフォローするようにして「もうお昼ですもんね、俺も腹減りました」と伝えれば彼女は表情を一変させて自分が奢るのだと目を輝かせながら嬉しそうに意気込んでいたので互いの目的が一致したのだ。
何はともあれ、なんとかナマエさんのサプライズに俺が気づいたことを気づかれないように最後までやり過ごせたのでよしとする。街を歩く人数はもうすっかり減っていて、空はあっという間に青から橙に変わろうとしていた。

「そろそろ帰りますか?」

「あ、ちょっと待って!」

俺が声をかけると何かを思い出したようにナマエさんは慌ただしく鞄の中を漁り始めた。何か忘れ物でもしたのかと思いながらも待っていると、ふと彼女が取り出したのは小さい紙袋だった。

「お誕生日おめでとう、エレンくん!」

そう言って柔らかく笑ったナマエさんはその紙袋をこちらに差し出してきた。もうてっきりサプライズは終わったものだと思っていた俺は不意をつかれて、思わず目を見開いてリボンで飾られた紙袋を見た。

「……は、」

「びっくりした?びっくりした?実はねえ、お手洗い行くって言ったあの時にこっそり買ってきたの」

サプライズ大成功だー!と喜ぶナマエさんに俺はただただ呆然とするしかなかった。まさか、サプライズには気づいたと思っていたがそんなことは全くなかったようだ。普段ドジなナマエさんでもこういう時は本領発揮するらしい。呆気なく彼女にしてやられた俺は驚きを隠せなかったが、次第にその驚きは嬉しさへと変わっていた。最初から分かっているよりも驚かされた方が嬉しさもだいぶ違った。

「あ、ありがとうございます…すごく嬉しいです!」

「よかったあ、喜んでくれて」

開けて開けてと買った本人がわくわくしながら言うので袋を開けて中身を確認する。紙の箱から出てきたのはシンプルな淡いデザインのマグカップだった。

「これね、実は私のやつと色違いなんだ」

「え、そうなんですか?」

ナマエさんは頬をかいて照れたように笑ってから「われてなくてよかった」と言ったので思わず笑ってしまう。箱に入っていて尚且つ鞄にしまってあったのだからこの短時間の間に割れるなんてことはあり得ないはずだが、まあそれもナマエさんのことならあり得てしまうから面白い。笑われるとは思わなかったのかナマエさんは「な、そんなに笑わなくたっていいでしょ!」と少し顔を赤くして声を荒げた。

「ありがとうございます、これすごく気に入りました」

「……ん、大事につかってね!」

そうしてなんだかんだであっという間に笑顔に戻ったナマエさんは橙の空を一度見上げてから帰ろっか、と俺の手を取った。今度はナマエさんから手を繋いできたので少し驚いたものの、彼女の笑顔を見ると自然とつられて自分も笑顔になれるから不思議だ。本部に帰ったらさっそく貰ったマグカップでナマエさんにコーヒーでも淹れてもらおうか、なんて考えながらその手に引かれて街をあとにした。


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