他愛もない会話だった。 誰が誰を好きで、その人は実はあの人が好きだとか。そういうの心底どうでもよさそうにしている私を見て声を掛けてくれた。 「言っちまえよ、誰が好きなんだ?」 コニーが囃し立てる。今回餌食になったのは優しくて温厚なトムだった。 「嫌がっているだろう」とライナーが止めに入ったけれどコニーを始めとした周りの男子立ちは騒ぐばかり。 まるでサル山にいるみたいだとため息をついたところでトムが何かを言った。小さい声でよく聞こえなかったが、好きな女子の名前を言ったのだろう。 男女共にまるでお祭りのような騒ぎになった。 こうなったらもう止められない。収拾つけられるのは鬼教官のみ。周りも馬鹿だがトムも馬鹿だ。言わなければいいものの。 「ねぇ!ナマエ!ナマエってば!」 「なに?」 「ロマンチックで素敵ね!私もあんな風に言われてみたい!」 「はあ」 ロマンチック? 冗談でしょうと聞き返そうかと思ったけれど友人のキラキラした瞳を見て言葉を飲み込んだ。 そんな時だった。ばちりとエレンと目が合った。 「あんなのどこがロマンチックなんだ、って面してるな」 笑って言われたもんだから、あんたも同じ事思ってるでしょ。つーかあんたこそ煽られたら真っ先に言いそうなキャラしてるくせに。エレンにそう言い返したら、は?みたいな、意味が分かりませんみたいな反応をした。 そんな他愛もない会話。 でもその日から目が合ったら話す仲になって、そのうち2人きりでも話すようになってきて。 自分を曲げない意思の強いあいつの姿はなんていうか、馬鹿だけど真っ直ぐでかっこよかった。 よくある話だ。仲のいい友達だった筈がいつも間にか好きになっていたなんて。 でも私は確かにエレンに惹かれていた。 ある日こんな事があった。 対人格闘で1人余ってしまい、トムと組んでいたエレンと目が合った。エレンがこっちに足を向けた瞬間、後ろで誰かが私の肩を掴んだ。ジャンだった。 「組む奴いねぇのか?」 「あんたと組むなんて最っ悪」 「奇遇だな。俺もお前と組むなんて最悪だと思ってたところだ。でもな」 いないよりはマシだろ?ありがたく思え。 ジャンの誘いに乗ってエレンを見た時には、もうエレンはこっちを見てなかった。 今日の夜ご飯も野菜スープか。 適当にジャンの攻撃をかわしながら今夜は肉が食べたいと全く別の事を考えていた。憲兵になったら毎日肉が食べたい。目の前のジャンと同じ志望先だったけれど、動機も不純で内地で楽したいジャンと一緒だ。調査兵団なんて無駄死にするだけ。 でもエレンは調査兵団を志望している。 そしたら私はエレンを追いかけるのを止めてしまうだろう。死にゆく人を好きになるなんて絶対に嫌だ。 この想いは胸に秘めているだけでいい。 好きな人が死ぬなんてきっと耐えられない。 対人訓練が終わって、お風呂の時間になった。体を洗ってちゃぽんと湯船に身体をつけると幸せな気分に満たされた。お風呂はいい。何もかも水と一緒に洗い流してくれる。今日は長湯がしたい気分だった。 友人達は先に上がってるねと浴場を後にした。 私が間抜けた返事を返すと、ぞろぞろと友人達はいなくなり、たちまち1人になった。 誰も居なくなった浴場はしんとしていて、寂しさを誤魔化す為にお湯を掬ってちゃぷちゃぷと音を立てる。 このままお湯に溶けてしまいたい。 そう思った矢先、風呂場のドアの向こうに人の気配がした。 「誰かまだいんのか?」 心臓と体が飛び跳ねる。 エレンの声だ。そういえば今日は風呂の係りはエレンだったっけ。 「あ、うん、いる」 「ナマエ?俺、今日当番なんだけど」 「わかった」 私がいたらいつまでたっても風呂掃除ができないという意味だろう。まだ熱い湯を首筋にかけてそろそろ上がろうとした時、ドアが開いた。そして同時に私の口も。 「えっ、何してるの?」 「は?」 いや、は?じゃなくて。どうしてエレンが素っ裸で風呂場に入ってくるの?てか前隠そうよ。イマイチ状況が飲み込めない私を尻目に、エレンは掛け湯をして体を洗い出す。 「なぁ、ナマエ」 「なに」 「俺達って両想いだよな?」 突然すぎて何を言っているのか分からない。進路が一緒って事だろうか?志望先の事だったら私は憲兵から変える気はないしエレンもそうだろう。 私は肉が食べたい。それも毎日だ。エレンはいいとこのぼんぼんだったから残りの人生の分肉を食い貯めしていると思うが、私は貧乏な家だったのでそんなことはない。 「俺、今日誕生日なんだ」 突然すぎて何を言っているのか分からないしおめでとうとしか言えない。誕生日だから志望先を変えろとでも言っているのだろうか。 何が言いたいのか分からないが、私はひとまず彼の目を見て(横目だけど)自分の意思を伝えることにチャレンジした。 「エレン、私肉は毎日食べたい」 「は?俺が強請る立場だろうが」 そう言ってエレンはこっちを向いて笑った。 思わず見てしまったエレンの体、筋肉、訓練で付いた傷跡。泡でまみれたその体に妙に色気を感じてしまって慌てて逸らす。エレンを見た私の顔をエレンは見ただろうか。絶対変な顔をしていたに違いない。 エレンの様子をばれない様に窺っていると、不思議そうにしていた。バレてない、良かった。そう思った矢先だった。 「なかなかだろ」 体をお湯で流し切ると、エレンは私の浸かっている浴槽へ足をつけた。 「触らせてやってもいいぜ」 「ばかじゃないの」 バレてた。思い切りバレてた。長湯で熱くなった顔が更に熱くなった。なぜか近くにくるエレンに意識が集中してしまってのぼせそう。それじゃあ、と両手で胸を隠しながら立ち上がろうとするとエレンに腕を掴まれた。 「ちょ、ちょっとエレン」 「両想いだったら、一緒に風呂入ってもいいよな?」 「わっ…私は憲兵…エレンは調査兵団でしょ?」 「関係ねぇだろ…」 「え?」 「は?」 どうやら会話が噛み合っていない。 一緒の進路ではない?つまり…つまり……? 「俺、ナマエが好きだ」 広い浴場にエレンの声が響く。 冗談かなにかだろうか。それとも男子たちがまた馬鹿な事をエレンに吹き込んで…いや…充分ありえるけれど… 「ナマエはどうなんだよ」 「それって、本当に…」 「嘘なんかつくわけねぇだろ」 ずっと気になってた。ずっと見てた。だからやっと目が合った時話かけるチャンスだと思った。 照れながらそういうエレンに初めは信じられないという気持ちで見ていたけれど、だんだんと本当のことらしいと思うと恥ずかしさと嬉しさで胸がいっぱいになった。お互い黙ったままで、掴まれた腕もそのままで。 「俺の事、好きだよな?」 黙って頷いたのと同時に掴まれた腕を強引に引かれ、私は水しぶきと共にエレンの胸へダイブした。 「あ〜…やっと手に入れた」 満足そうに私を抱きしめるエレンに私は今更ながら誕生日おめでとうと言ってみた。 BACK |