※現パロ なんで春休み真っ只中のこんな時期に誕生日なのよ。 ブツブツと文句を垂れながら、春の陽気を感じさせる空模様のもと住宅街の道を歩く。 そんなこと恨んでも呪っても、いまさら生まれた日を変えろなんて無理な話なので仕方ないことは分かっている。いや、むしろあと数日遅ければひとつ学年が違っていたのだから、ギリギリ自分と同じ年度内に産んでくださったエレンのお母様には感謝すべきだ。 でも学校がある日だったらみんなが祝う流れで自然と渡せたのに。気楽な春休みにこうしてわざわざ出向かなければならないことを考えると、せめてあと10日ほど早ければなぁ…と思わずにはいられなかった。 (イェーガー…ここか…) 表札をしっかり確認して、改めて家の外観の全体を眺める。閑静な住宅街の中に佇む、ごく普通の一軒家。ここがエレンの家らしい。 門の前に立ちすくみ、はあとひとつ大きな溜息をつかずにはいられない。とてもいまさらなのだけど、なんで私はここに来てしまったのだろう。 人の恋愛ごとに首を突っ込むのが大好きな、(その可愛らしい容姿からは想像つかないけど)まるでオバチャンのようなクリスタに「誕生日は絶対その日にプレゼント渡すべき」と強く説得され。クリスタがノるとさらに悪ノリしてくるユミルに「さっさと告白しちまえ」だの「勝負下着つけてけ」だのちょっかいを出され。個人情報保護法など知ったこっちゃないとでもいうような秀才アルミンにエレンの家の住所を教えられ。 今日のこの行動に私の確固たる意志は介在していただろうか、と疑問を抱いてしまうほど人の助けを十二分に受けて、今私はエレンの家の前にいる。むしろ私一人では、エレンの誕生日という一大イベントでも何の行動も起すことができなかっただろうから、3人には感謝しなければならないくらいだ。 しかしよく考えれば家に行ったからといって、インターホンを押してエレンが出てくるとも限らない。そもそもエレンがいる確証もない。アルミンにそこまでちゃんと聞いておけばよかった。エレンのお母さんが出てきたらどうしよう「コレ息子さんに」とか言って渡すわけ?恥ずかしすぎて顔から火が出る。 いろんなパターンを想定し覚悟が決まるまで家の前をウロウロすること数分。家の中から物音はするので誰かしらいるはずだ。そろそろ通行人の視線にも耐えられなくなってきたので意を決してインターホンを押した。 心臓が口から飛び出そうになるのを必死で堪えて待っていると、玄関の扉がガチャリと開いた。いよいよ心臓を吐いてしまうかと思った。姿を現したのはエレンだった。 「なんだナマエか。何の用だ?」 私の姿を確認したエレンは少し驚いたように言った。インターホン鳴らしたのにモニターで確認しなかったのだろうか。相変わらず雑な人である。 エレンはパーカーにジーンズというラフな格好で、サンダルをつっかけて出てきた。髪に寝癖がついたままだ。おくつろぎのところだったのだろうか。私はというと普段見られない私服姿のエレンに感激して直視しているのが辛かった。 「あ、えーと…なにしてたの?」 「特になにも」 「そ、そっか…」 「お前こそどうした?」 「えっ…えーと、私は…ですね…」 用を聞かれてつい目を泳がせる。今日という日にわざわざ自宅を訪問する意図を察してほしかったのが本音だけれど、鈍感キングエレンがそんなことできるはずもなかった。 エレンが出てきた時に、咄嗟に体のうしろに隠してしまった紙袋。カサ、という音にエレンが何持ってるんだ?と首を傾げる。手が震えそうになるのをなんとか堪えおずおずと差し出すと、エレンは分かりやすく頭上にハテナマークを浮かべてくれた。 「た…誕生日プレゼント…」 「は?わざわざ?」 エレンの大きな目がさらに見開かれて目玉が落ちちゃうんじゃないかと思った。そりゃ驚くよね!私だって同じことされたら驚いちゃう! 紙袋を受け取ったエレンは遠慮など微塵もなく中身を覗き込んだ。しかし中身も一応ラッピングされているため何なのかは分からないだろう。 「なんだコレ?」 「おかし…の詰め合わせ…です」 バレンタインのときに、エレンは結構甘いものが好きだと知ったので。アイスボックスクッキーと、ブラウニーと、マドレーヌ。料理が上手だと褒めてもらえたことが嬉しかったので、気合を入れて3種類作って詰め合わせにしてみた。エレンは物欲がないとアルミンから聞いていたので、物だったら何をあげたらいいかさっぱり見当もつかなかったからというのもある。 「よくオレの誕生日知ってたな」 「アルミンが教えてくれて…」 「そうか。わざわざありがとうな。これナマエが作ったのか?」 「一応…はい」 「バレンタインのときのチョコうまかったからこれも楽しみだな」 そう言ってエレンは白い歯を見せて嬉しそうに笑った。バクバクと心臓が暴走を始めた。顔の温度が上昇する。 平然と褒めてくるのやめてくれないかな!いやめちゃくちゃ嬉しいんだけど、私以外の誰にでも平気でこういうことをしていると思うと妬けるものがあるじゃないか(みんなエレンのこと好きになっちゃうんじゃないかと心配していたら、ユミルにそれはないと一蹴されたけど)。 なんかもう告白なんてする必要ないくらい私の態度は分かりやすいんじゃないかとも思うけど、しかしエレンは究極鈍感くんだから分かってない可能性もある、というかその可能性の方が高い。こんなに頑張ってるのに、好きになった相手が悪かったと諦めるしかないのだろうか。渡せたことには満足しているけれど、肝心の気持ちが伝わっていないことにちょっとだけ悲しい気分になっていると、エレンの背後、廊下の奥の扉が開いてエプロン姿の女性が現れた。 「エレン、お客さんかい?」 その人の顔立ちはまんまエレンにそっくりだった。印象的な瞳や髪の色で、一目でわかった。エレンはお母さん似だったのか。 「ああ、同じクラスのナマエ」 「こ、こんにちは…!」 「こんにちは、いらっしゃい」 にこりと微笑んだエレンママは、次の瞬間にはエレンが持つ紙袋にさっそく気付いていて、私とそれを交互に見遣った。 「あらエレン、あんた何かいただいたの?」 「ああ、誕生日プレゼントもらった」 「プレゼント?まあ、わざわざこんな息子のために…」 「つ、つまらないものですが…」 やだわぁ、と感激するエレンママの反応に私も感激である。突然のお宅訪問をしてしまった身としては怪しまれなくてよかった、というのがまず第一であるので、喜んでもらえたならそれ以上のことはない。 というか、単純に喜ぶを通り越して、エレンママには私の意図がバレてしまった気がする。当の本人は今日わざわざ家に渡しに来た意味を分かっているんだかいないんだか微妙だけど、奥のお母さんはとてもニコニコしているし楽しそうなのだ。「息子の恋愛沙汰が垣間見えて嬉しい」感がものすごく伝わってきて大変恥ずかしい。 無事渡せたことだしそろそろ帰ろうかと思ったら、エレンママがそうだわ、ちょっと待っててね、とエレンを引っ張ってパタパタと家の奥に引っ込んでいってしまった。エレンも意味が分かっていない様子だったけれど一体なんだろう、とポカンとしていると、しばらくして二人が戻ってきた。エレンの手には紙袋の代わりに何かが握り締められている。 「ナマエちゃん、もしよかったらこの子がナマエちゃんの好きなとこ連れていくから」 「えっ…え!?」 「ああ。今小遣いもらったし」 そう言ってエレンは握り締めていたものを見せてくれた。それは紛れもなくお札である。 「そういうことは言うんじゃない!それにアンタのためじゃないよ!どうせ暇してたからね、一緒に行ってくれるかい?」 「そんな…いいんですか?」 「もちろん。ねぇエレン」 「ああ、暇だったしプレゼントもらったしな」 エレンママ、あなたは神か。 やっぱりエレンママは私の意図を察していた。私を見てニコニコと絶えず微笑んでいるのがその証拠だ。当の本人はと言うと、やはり意味はイマイチ分かっていなさそうだけど。 しかし今日はエレンの誕生日なのだから、こんなお礼をもらうわけにはいかない。私はプレゼントを渡せただけで満足なのだ。 「でも悪いです!今日はエレンの誕生日ですし…」 「いいのいいの。この子ったらろくな趣味もなくて…それに見ての通り鈍いでしょう?女の子が来てくれるのなんてミカサ以外初めてだからおばさん嬉しくって」 そう言うエレンママは本当に嬉しそうだった。そこまで言われては断るわけにもいかなかった。何よりこれは、私にとっても最高に嬉しい申し出だ。エレンの誕生日だというのに、どう考えても私の方が嬉しいサプライズプレゼントをもらっていいのだろうか。さんざん渋ったけど、人に背中を押されまくりだったけれど、ああやっぱり直接渡しに来てよかった。 「じゃあ支度してくるから、どこ行きたいか考えとけよ」 「う、うん…!ありがとう!」 そう言って階段を上っていったエレンを見送って、改めてエレンのお母さんにお礼を言った。エレンのお母さんは終始ニコニコしていた。息子の初めてのまともな恋愛事情を知ることができてよほど嬉しいのだろう。 本人にデートという意図があるかは甚だ疑問だけどそんなことはどうでもいい。それより、とっくにリストアップ済みのエレンと行きたいところ候補からどこに行くかを選ばなければならない。王道の映画や水族館も楽しそうだし、その辺をぶらぶら歩くだけでもいい。エレンは甘いもの好きだからもしかしたら食べたかったパンケーキ屋さんにも一緒に入ってくれるだろうか。エレンの行きたいところも聞いて決めよう。私はエレンが楽しければそれでいいし、なんていったって今日はエレンの誕生日なのだから。 BACK |