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たとえば私がカナリアならば、その美しく澄んだ声であなたの耳を楽しませることが出来たでしょう。
たとえば私が夜の空ならば、その星を抱いた姿であなたの目を楽しませることが出来たでしょう。
たとえば私が芳しき花ならば、その香りであたなの気分を和ませることが出来たでしょう。


では、人間の私は何をしたらいいの?




「……で、結局それの結論は出たのか?」
「…ううん…とりあえず、お花は買ってきてみたんだけど…ごめん。」
「いや、別に謝る必要はねぇよ。」
「…ありがとう。」


仕事を終えてエレンのもとを訪れたときの私は、不甲斐なさも手伝って相当ひどい顔をしていたことだろう。
気にしなくていいという、そんなエレンのやさしさが身にしみた。
しかし、今日は特別な日なのだ。私の人生において今日ほど特別な日は、リヴァイ兵長とハンジさんに拾われた日以外にないだろう。なのに…

「結局こんな花束しか用意できないなんて…」

しかも男相手に、である。ベッドの端にエレンと並んで座りながら、テーブルに置かれた花を恨めしげに見つめる。

別に忘れていたわけではない。
初めて一緒に迎えるわけでもない。

プレゼントだけなら、それこそ付き合う前からあげていた。胸を躍らせ、何がいいのだろう、喜んでもらえるだろうか、嬉々として考えていたのだ。
しかし、数年を経て現在に至るまでに、エレンを取り巻く様々な事情を知った心は昔と同じではいられなかった。純粋な感情は疑問に変わる。何がいいのだろう、今の私にできることはなんだろう。何がエレンのためになるのか。そう改めて考え出すとそれはひどく難しい問題のような気がした。

その個体に与えられた使命が一つであれば、行えることが一つであれば迷う必要なんてないのかもしれない。だけど、人間というものはいろいろ不便で。何かを完璧に出来ることなんてめったにないけど、全く何も出来ないことだってない。
ある程度できる、その中途半端さが余計に私を困らせた。

そして冒頭のようなことをぐるぐる考えていた、と今しがたエレンに説明したところである。
結局結論には至れなかったのだが、エレンは黙ってそれを聞いて、むしろ気にしなくていいとまで言ってくれたのだ。私が慰められてどうする。
自分の情けなさにため息を一つ。
こんなことなら、あれこれ考えずお菓子の一つでも作っておけばよかった、と後悔の念さえ押し寄せるが考えてももう後の祭りである。
仕方ないので気分転換も兼ねて、とりあえずお花を生けようと立ち上がろうとしたら、それまで黙っていたエレンに腕を引かれそれは叶わなかった。

「エレン?」

驚いて名前を呼ぶと、返事の変わりにエレンの腕が伸びてきてその手が私の頬を慈しむようになでた。

「…そんな顔するなよ。」
「エレ…んっ…、」

何度か頬をなぞった後、手がそのまま顎をすくい、口付けられる。何度も何度も繰り返され、息が上がる頃には気が付けば私はベッドに押し倒されていた。
しばし見つめあった後、エレンが口を開いた。

「俺は…」
「…エレ、ン」
「俺はナマエが祝ってくれるだけで、うれしい。」
「………」
「鳥や花とはこんなことできねぇし、会話もできない。ましてや空には手が届かない。……俺はナマエがいいんだよ。」
「エレン…」

だからそれを俺にくれよ。

はにかむようにやさしく笑ったエレンに、再び口付けられる。反射的に閉じた目から涙がこぼれ、シーツに染みを作った。


たとえば私がカナリアならば、その美しく澄んだ声であなたの耳を楽しませることが出来たでしょう。
たとえば私が夜の空ならば、その星を抱いた姿であなたの目を楽しませることが出来たでしょう。
たとえば私が芳しき花ならば、その香りであたなの気分を和ませることが出来たでしょう。


あぁ、でも。
そうだ……私は人間なのだ。
それこそがきっと、答えなのだ。
長い口付けを終え組み敷かれた視界の端に、テーブルに置かれたままの買ってきた花束がうつった。外には満天の星空が広がっていることだろう。だけど。

ねぇ、どう。あなた達にはできないでしょう。

先ほどとはうって変わって勝ち誇ったように笑う私を不思議に思ったのか、エレンが怪訝な顔をして私の視線の先を見つめた。視線を奪われるのが嫌で、私はエレンの両頬に手を添えて再び私のほうを向かせる。私を見下ろす双眸が驚きの色を宿す。

「なんだよ、急に積極的だな。」
「…誕生日、だからね。」

大サービス。そう言って私はエレンの頭を引き寄せ触れるだけの口付けを落とす。

「エレン、おめでとう。大好き。」

ありがとう。今日まで生きていてくれて。私の前に現れてくれて。
エレンという存在の全てにありったけの感謝を込めて、後は私にできる最大の愛情表現をするだけである。
同じ苦しみを、同じ悲しみを、同じ喜びを、これからも分かち合っていきましょう。


「…じゃあ、ありがたくいただきます。」


耳元で聞こえる声と抱き寄せる頼もしい腕に、私は全てを捧げるのであった。


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