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※微パラレル





事態は最悪だ。
壁外調査の任務の途中に巨人と遭遇。
奇行種ではないにしろ、討伐対象と判断し、討伐に移行した。
それまではよかった。
戦いの最中、倒しても次々に現れる巨人達。
体力を削られていく果ての先はもう既に絶望を意味している。
他の班員は巨人との戦いで敗れ、悲惨な最期を遂げていた。
そう、必然として私はたった一人で巨人と戦うことになった。
それでも一人の力で奴らに勝てるなんてこれっぽっちも思っていない。
だから一体でも多く、人類のために…私がいなくなっても誰かが…。
考えただけで涙が滲んでくる。
こんな雑念、考えてる場合じゃないというのに。
ほら、もう目の前に巨人が。逃げられない。

――――!!

名前を呼ばれた気がした。
何か聞こえてくる。
もう半ば諦めていた私は迫る巨人などどうでもよくなって後方へ振り替える――瞬間、強い地響きと暴風。
ふわっと体か浮き上がる感覚と、最後に見たのは巨人化したエレンが戦う姿だった。


「気がついたか?」
ガタガタと荷馬車に揺られ、雲が薄くかかった空色にエレンの顔が映る。
私は生きていた。
「まだ動くなよ。壁までもう少しだから怪我してないか見てもらえ」
エレンも巨人化したことで疲弊しているのか、若干疲れた顔をしている。
「エレンが私を助けてくれたの?」
「ああ、そうだよ」
どうして…何で…。
疑問ばかりが頭の中を渦巻いている。
エレンにはこの壁外調査で重要な役割があった。
私の班とエレンの班との距離は相当あったし、分かっていたとしても陣形が崩れていた中で私の班の位置を割り出すのは不可能だった。
「どうしてエレンが…」
「本当はオレの位置からお前とは近かったんだ」
「え?」
「公開された作戦案には誤った情報を流して実行した」
「何のために?」
「それはまた帰ったら詳しく聞かせてやるよ。だから今は休んでろ」
壁外調査が始まる前のエレンと今のエレン。
どう考えても様子が違う。
普通なら、やはり巨人に遭遇して戦った後だからと解釈するだろう。
でもきっとそれだけじゃない。
今言ったことと何か関係がある。
エレンの言葉を信じて今は目を瞑ることにした。


壁の中へと戻り、医者に診てもらったが、特に目立った外傷もなかった。
巨人と戦った人間の中でも最も無傷の部類。
死んでしまった仲間を思えば運が良かったとか思うのは罰当たりかも知れない。
「よかったな。何ともなくて」
「うん、ありがとう」
エレンは壁の中に戻ってからも何故か私の傍にいた。
診察中は報告に行っていたようだけれど、終える頃には戻ってきていた。
いつからだったか、エレンは一人でいた私に付きまとうようになっていた。
ミカサやアルミンと一緒にいるところを見る数が少なくなっていたように思う。
気にはなっていたが、訊くまでもないことだ。
おかげで私は同期と馴染むことができた。
エレンが話しかけてくれたおかげで。
「エレン! 上行こ!」
何ともなかった私はエレンと一緒に街の外を歩いていた。
壁まで行き着いたそこで昇降機が目に留まり、思いつきで行動する。
「は? 上って…」
「先に行くね!」
「お、おい!」
ナマエが向かったのは壁の上へと行く作業用の昇降機。
ナマエが乗り込んだすぐ後にエレンが乗り込む。
ゆっくりと進む中、二人は静かに街中を見渡した。
「街の人は壁の外を知らないんだよね…」
「ああ…」
オレンジの光が差し込む壁の中。
路地を歩く人の姿が少しずつ消えていく様子。
「ナマエはどう思ったんだ? 壁の外のこと」
エレンにそう聞かれた途端、思い出したのは馬で平地を駆け抜ける風景。
「そうね…。この道はどこまで続いてるのだろうとか、この先にも何かあるのかなとか、色々考えることはあったかな…」
着いた先は壁の上。
壁の外、向こう側の境目となる場所。
「意外と冷静なんだな」
「そんなことないよ。だってみんな死んじゃったもん」
仲間を失った。
私以外の班の全員がこの壁の内側に帰ってくることができなかった。
私より強い人、賢い人、直感が鋭い人、立体機動が上手い人、討伐数が多い人…。
何度も死線をくぐり抜けただろう人もたくさんいたはずなのに…それなのに帰ってきたのは班の中で私一人。
呆気ない。
呆気なさ過ぎて感情が追いつけない。
泣きたいのに泣けない。
怒りがこみ上げてくるけれど、ぶつける場所がない。
今まであったはずのものが何もない。
「ところで、何でエレンは私を助けてくれたの?」
その言葉を聞いたエレンは変な顔をした。
敢えて言うなら呆れた顔というのが正しい。
「お前、忘れてるな…」
「何を?」
「約束しただろ。祝ってくれるって」
「…あ!」
忘れてたわけじゃない。
だけどさすがに壁外調査を挟んでそこまで気が回っていなかった。
「ごめん…」
「何で謝るんだよ…」
「ごめんなさい…プレゼント用意できなかった」
壁外調査の日がエレンの誕生日だったという事実。
それはエレンも理解している。
だからエレンは責めたりしなかった。
「別に期待してねぇよ。ナマエと一緒に帰ってこられただけでも充分だし」
それでも少し落ち込んでいる様子は窺えた。
「じゃあ、この景色とか?」
「何が?」
「プレゼント」
「は?」
壁の上の夕陽はそうそう見られるものではない。
そう思って言ってみたがエレンはより一層不服そうに目を細めた。
「何だよ…。そこお前じゃないのかよ」
「え…?」
私…?
一瞬、思考が止まったような気がする。
「エレン今の何? どういうこと?」
「じ、自分で考えろよ!」
途端に顔を赤くしてエレンは怒鳴ってきた。
だって自惚れじゃなければ…間違いじゃなければ、そういうことで…。
「本当に? 私でいいの?」
「じゃなかったら言わねぇよ! こんなこと!」
不意に視線は何故か下を向いた。
そして気づいてしまった。
「もし、あの時…エレンが助けてくれなかったら、私はあの巨人たちに食べられてここにいなかったんだね…」
今も足下で蠢く巨人が視界の中に入ってくる。
この中に仲間を食べた巨人だっているかもしれない。
「エレンが望むならあげる」
壁外調査前は只々畏怖でしかなかった巨人の存在。
だけど後になってはもう忌むべき、憎むべき存在。
仲間をたくさん殺した敵だ。
「ホントにいいんだな?」
目に映るのは赤く燃えるように光り輝く夕映えの地。
うん、とハッキリ頷いて見せると、エレンは私を全力なほどに抱き締めていた。


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