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※原作軸未来設定





巨人がこの世界から姿を消して数年。
人類はやっと壁外に自分たちの拠点を置くことが出来た。
わたしたち一般の調査兵団兵は今日からはじめてその拠点で仕事をすることが許された日で。
わたしはコニーやサシャ、ほかの同期や後輩の兵士たちと一緒に調査兵団のキャンプへとやってきた。
(ちなみにエレン、ミカサ、アルミン、ジャンは今現在班長を務めているため先に幹部の人たちとここに来ている)

「あー!遠かったーっ!」

キャンプについて馬から降りたコニーは、ぐんと背伸びをして声を上げる。

「そうですか?私は平気でしたけど」

サシャは何でもないようなけろっとした表情で馬からひょっと降りた。

「さすが芋女だな」
「そ、それは関係ないんじゃないですか!?」
「でも芋女は事実だろうが」
「ひどいですコニー!」

自分たちの馬を間に挟んで口喧嘩をする二人を見て、相変わらずだとため息を吐く。
馬から降りたわたしは自分の愛馬に「お疲れ様」と鼻のあたりをやさしく撫でながら笑いかけた。
そして周りをきょろきょろと見回して、"彼"を探す。

あれ?おかしいな…来るって聞いてなかったのかな……

一通り周りを見回して彼の存在を確認できないと分かると、わたしは馬の手綱を引いて馬小屋へと向かった。
コニーとサシャは相変わらず楽しそうに言い合いを続けていて、その声を背後に聞きながら思わず笑いがこみあげてきたのは内緒の話しだ。
馬小屋の前まで行くと馬の世話をしていたジャンがいて、わたしの姿を発見するなり「ナマエ、来てたのか」と驚いたように声を上げた。

「あれ?ハンジさんたちから聞いてなかったの?」
「ハンジさん?知らねぇぞ俺は」
「えっ、じゃあエレンも?」

"エレン"という名前を出すと明らかに不機嫌そうな表情になるジャンに、"しまった"と思ったときはもう既に遅くて。

「知らねぇよあんな奴。今頃リヴァイ兵長にしごかれてピーピー泣いてんじゃねぇのか?」

意地の悪そうな笑みを浮かべてふっと鼻で笑ったジャンに、わたしは少しむっとつつ、馬を引っ張って行って小屋の中に入って馬を繋ぐ。
そしてジャンに水汲み場をの場所を聞いて、木製のバケツを持ってそこへ向かった。
ここまで頑張って走ってくれた愛馬に水を上げるために。

水汲み場まで歩いている間、わたしはずっと先ほどジャンの言っていたことを思い出して
エレンはそんなに泣き虫じゃないしとか、ジャンみたいにビビりじゃないしとか、
面と向かっては言えなかった文句をひたすらぶつぶつと呟いていた。
(だってそれほどまでに頭にきたんだからしょうがない)

水汲み場につくと誰もいないそこにはふわっと嗅ぎなれない香りが漂っていて。
その香りではっと思い出す。
そういえば"あること"をハンジさんやリヴァイ兵長たちに頼んでいたということを。
本当はもっと早くここに来なければならなかったのだけれど、必死に頼み込んでわざわざ今日到着するようにしてもらっていたのだ。

これが終わったらハンジさんのところに行かないとなぁ…

ぼんやりとそんなことを考えながら水の入った重いバケツを持って馬小屋への道を戻ろうとした。


「何やってんだよ」


耳慣れた声が上から降って来て、あっという間に手の中にあったバケツを奪われてしまったのはそのときだった。
驚いて声を上を見ればそこには"彼"が立っていて、バケツを軽々と持って行くぞと言って自然にわたしの手を引く。


「エ、エレン?なんでここに?」
「なんではこっちのセリフだろ。今日来るなんて聞いてねぇぞ」
「あ、ご、ごめん…」


ちょっと不機嫌なのか、エレンの声はいつもより低くて口調も荒っぽかった。
わたしなんかよりもずっと背の高いエレンは手を引きながら大股でぐんぐんと先に進んで行ってしまい、
それについて行くことでやっとのわたしは転んでしまいそうになる。

ど、どうしよう…
来るって教えてもらってなかったこと、怒ってるのかな…
そんな…今日に限って……

機嫌の悪いエレンの態度にもやもやとした気持ちになりながら、
わたしは馬小屋までずっと無言で無理やり手を引っ張られたままだった。
そのあと馬に水と草を上げている間にかどこかへ消えてしまったエレンに、ちょっと傷ついたり寂しい気持ちになったりして
すっかり落ち込んでしまったわたしは、とぼとぼとした足取りでハンジさんたちのいる本部へと向かった。



*****



本部の中に入ると、そこには休憩中だったのかふわりと紅茶の上品な香りが広がっていて。
中には誰もいないようだった。
だけど一応わたしは入口に立って声を掛ける。

「すみません、今日到着した第13班のナマエ・ミョウジです。ハンジ分隊長はいますか?」

するとたくさんの資料で覆いつくされた机の影から「はいはーい」と返事をしながら手を出してひらひらと振っていた。
本部の中にあった物凄い資料の量に驚きながらも、わたしは"こっちこっち"とでも言いたげな様子で手を振るハンジさんの元へ向かった。
机の影からひょこっと顔をのぞかせてみる。
ハンジさんはペンのインクで掌を真っ黒くさせながら何やら興奮気味に床に散らばった紙に何かを記していた。

「あ、あの……ハンジさん…」

彼女の姿に少々引き気味で声を掛けると、ハンジさんは「あーちょっと待ってね」と言ってやっぱり何かを走り書きで記している。
しばらくその様子を眺めていると、どれだけの時間が経っただろう。
ようやくハンジさんは顔を上げて、「やぁ、ナマエ。いらっしゃい」と笑った。

「いやぁ…ごめんね。ちょっとすごいものを発見しちゃってさ。書き残して置くことに夢中になっちゃって」

手元の資料をまとめながらハンジさんは嬉しそうにニコニコとしていた。
さすがは変人といわれるだけはあるな…と内心深く納得をしながら「そうなんですか」と返事を返す。


「エレンには会った?」

にっと白い歯を見せながら尋ねられてどきっとする。
会ったには会った。
けれど彼は今とてつもなく不機嫌で、せっかくいろいろと準備を手伝ってもらったのにこのままでは今日が台無しになってしまう。
なんて真実を協力してもらっておいて言えるわけもなく。
わたしは「はい」と笑顔を作って返事を返した。

「そうか!それはよかった。きっとエレン、喜ぶよ」
「そ、そうですかね…」
「うん!大丈夫、みんなでなんとか今日まで誤魔化してきたから」

彼女の言葉になんだかほっとしたような、申し訳なさが増したような…
心の中のもやもやは晴れないままだった。

「ほら、エレンはさっき休憩に入ったはずだから二人で行っておいで。
この先の道をまっすぐ行けば着くはずだから」
「は、はい」
「あれは彼が何よりも望んでいたものだからね。わたしたちもエレンにはお礼を言わなければいけないよ」

しみじみとした口調で、手元にあった紅茶のカップを手にハンジさんは言う。
彼女の真っ黒くなった手の中でゆらゆらと白い湯気を立てる紅茶を見て、ぼんやりと今までのことを思い出していた。
そしてハンジさんのどこか遠くを見つめたような瞳が少しだけ濡れて見えたのは、わたしの気のせいだったのだろうか。
わたしはハンジさんに「ありがとうございました」とお礼を口にすると、本部をあとにしてエレンを探した。



*****



「……エレン、どこ?」

彼を探してからだいぶ時間が経っていた。
アルミンやミカサ、コニーにサシャにまでエレンを見なかったかと尋ねたけれどみんな"知らない"と首を横に振った。
本部の中にももう一度顔を出したし、倉庫の中やリヴァイ兵長のところも見に行った。
だけどエレンどころかその影すら見えなくて。
なぜ彼が怒っているかも分からない、どこを探しても見つからない。
もしかすると愛想を尽かされたのではないかとか、わざとわたしに見つからないようにしているのではないかとか
不安や根拠のない嫌な妄想ばかり膨らんでいってしまって、ついにわたしは先ほどエレンと会った水汲み場でしゃがみこんでしまった。
ツンと鼻の奥が痛んでじわりと涙が滲み、ぽたぽたと大粒の雫がこぼれおちて地面に染みを作る。

せっかく1ヶ月も前からいろいろな人に協力してもらって迎えた今日。
この1日のためにハンジさんやリヴァイ兵長、エルヴィン団長にまで頭を下げて頼み込んだ。
"なんとか今日に間に合うようにしていただけませんか"と。
こんな一兵士のわがままなんて聞き入れてもらえないだろう。
ダメもとでお願いしたわたしだったけれど、みなさん"エレンのためなら"と快く承諾して下さって。
そのときは嬉しくて涙が出そうになった。
きっとエレンも喜んでくれる。
そんな過剰な期待の所為か、ひとりぼっちでしゃがんで涙を流している今がとても惨めに思えてしょうがない。

エレン、どこに行ったんだろう…
もう会ってくれなかったらどうしよう…
それにしても…なんで…こんな日に―――…

こぼれるだけだった涙は次第に頬を流れ、わたしは嗚咽を漏らしながら泣いていた。

悔しい。
今日までの道のりが長かったことと、たくさんの人の気持ちをわたしの所為で無駄にしてしまったかもしれない。
本当に申し訳なくて、悲しくて、涙が止まらなかった。


「ひっく……うっ、うぅ……ふぇ……っ、エ、レン…」


―――ねぇ、どこにいるの…?


その先に続く言葉を涙と一緒に飲み込む。
人が近づいてくる気配にも気付かず、わたしは涙を流し、エレンの名前を呼び続けていた。
すると


「ナマエ!」

後ろから声がして、そのまま肩を掴まれて強引に後ろを向かされる。
驚いてきょとんとしているわたしに、エレンは「探しただろ!」と声を上げていて。
これまで散々探しても出て来なかった彼が目の前にいるという現実が信じられず、なかなか頭がついてこない。
わたしはエレンが声を掛けてくる間しばらく呆然としていた。

「どうした!?なんで泣いてんだよ!」

エレンはわたしが誰かに泣かされたと思い込んでいるようで、何度も「誰の所為だ!?」と必死に尋ねてくる。
怒りを露わにして血相を変えているエレンを見ていると次第に頭の中がはっきりとしてきて、
目の前の本人に"エレンの所為で泣いていた"なんて言わず、わたしは無言で抱き付いた。
首に腕を回して、ぎゅっとしがみつくように。

「ナマエ?お、おい、どうしたんだよ」

わたしの行動がいきなりだった所為か、エレンの先ほどまでの怒りはどこへやら。
おどおどとしてどうしたらいいか分からない様子で背中にとりあえず手を添えていた。
珍しいエレンの反応がおかしくてついついぷっと吹き出してしまう。

「な、なんで笑うんだよ」
「だってエレンがおかしくって」

胸の中にあった悲しさなんてすっかり吹っ飛んでしまい、エレンの肩に顔を押し付けてくすくすと笑う。

「はぁ〜…なんだよ、さっきまで泣いてたくせに…」
「あれは、もういいの」
「…そうなのか?」
「うん、エレンのこと見つけたからもういいの」
「?」


顔をあげると、不思議そうに首を傾げていたエレンと目が合って、わたしは彼に向かってふっとほほ笑む。
恥ずかしそうに照れながら視線を外したエレンに、ずっと伝えたかった言葉を口にした。


「ねぇ、エレン。ちょっと一緒に行きたいところがあるんだ」





*****





目的地へ向かう道中、なぜエレンが不機嫌だったのかが分かった。
ここに来てわたしが一番はじめにジャンと口を利いたことが気に喰わなかったらしい。
馬小屋の近くをたまたま通りかかったエレンはその様子を目にしてむヤキモチを妬いたようだった。

"そのときに声掛けてくれればよかったのに"

わたしの言葉に対してエレンは

"話すならナマエと二人きりがよかったんだよ"

そう言ってむくれていた。
そっぽを向いたほっぺはやっぱりほんのりと赤くなっていて。
何年経っても変わらないなと、子供っぽい彼の仕草にあたたかい気持ちになりながら小さく笑みがこぼれた。




「うん、着いた」

わたしは鮮やかな緑色でいっぱいの草原の中で立ち止まった。
エレンもつられて立ち止まる。

「こんなとこに何があるんだよ」

きょろきょろと周りを見回しながらエレンは言う。
どうやら彼は気付いていないようだ。
この"独特の香り"と、"ひんやりとした風"に。
きっと長い間キャンプにいた所為で慣れてしまったのだろう。
わたしはエレンの手を引いて、「こっちこっち」引っ張って小走りになる。

「いきなり走るなよ!転ぶだろ!」
「えへへっ、もうちょっとで見えるから」

自然とこぼれてくる笑みを抑えながら前を見て走る。
すると聞こえてくる大きな轟音。
低く、唸るような、だけど心地いい"水"の音。


ちょうどそれが目に見えるところまでやってくると、自然と足が止まった。
エレンもわたしの隣に立って、小さく「うそ、だろ…」と声を漏らす。

視界いっぱいに広がる真っ青な色。
濃いマリンブルー一色の水面は淡いスカイブルーとの境界線をくっきりとあらわし、ゆるやかな水平線を描く。
池や川、湖なんかよりも何十倍も何百倍も広い、どこまでも限りなく続いていそうな大きな水たまりは、まさにわたしたちがずっと目指してきた"海"で。
太陽のあたたかい光をいっぱいに浴びて、まるで宝石をちりばめたかのようにきらきらと色とりどりに輝く水面。
寄せてはかえす大きな波がぶつかり合う低い音。
肌で感じることが出来るここ独特の香りをまとった潮風。
ここにあるすべてが"はじめて"であふれかえっていた。

わたしの隣に立っているエレンは誰よりもここに強いあこがれを抱いていた。
だからこそこの今日という特別な日まで、ここには連れてこないでほしいといろいろな人に頼み込んでいたのだ。
そしてここには今まで誰も足を踏み入れていない。
海の前に広がる黄金色の砂浜も足跡ひとつないまっさらな状態だ。


人類の勝利に命を削り、誰より貢献をした彼へのせめてものプレゼントだった。
わたしを含めたみんなからの。


「…エレン」

何も言えずに佇む彼を横目で見てそっと声を掛ける。

「エ、エレン…?」

わたしはすぐに目を疑った。
だって、彼は―――…

「泣い、てるの…?」

静かに涙を流していたのだ。
透き通った雫が頬を流れ、ぽたぽたとこぼれおちる。
その姿に胸がぎゅっと締め付けられた。

今までを思えば、当然のことだろう。
彼はあまりにもたくさんの選択を迫られてきた。
何度仲間を、信頼していた人々を、家族を失っただろう。
それは皆同じことなのだが特別な力を持ってしまったエレンにとって、
彼が背負わなければならなかったものはまだ幼かった彼の背中には見合わないほど大きく、重いものだった。

わたしがはじめて見た涙を流すエレンの姿はとてもきれいで、わたしは何も言わずにそっとエレンの手を握った。


「……エレン、あのね…」


心にいっぱいに詰まった彼への感謝と愛情。
すべてを込めて今、この言葉を送る。


「誕生日、おめでとう」


エレンは返事を返しはしなかったけれど、その代わりにぎゅっとわたしの手を握り返してくれた。



変わらず太陽のひかりをいっぱいに浴びてきらきらと水面の上で輝く夢の欠片は
わたしの隣に立つ彼の大きな瞳の中でもまばゆいまでの光を放っていた。

誕生日おめでとう。
あなたのおかげでこの目に焼き付けることの出来た一面の青をみんなは一生忘れないだろう。
そしてこの輝きがどうかずっとずっと、あなたの中で途絶えることなく光り輝いていますように。

あなたに出会えたこと、今日までともに生きてこられたこと。
すべてに心からの感謝を。


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